2021年度国際私法II
問題7:市丸景子・高橋尚美
問題8:長谷川裕一
問題10:高橋尚美
問題11:寺本吉孝
問題12:長谷川裕一・高橋尚美
問題7 [国際私法II@]:甲国法上の会社分割に関する定めは、日本法のそれと同一であるとする。SのPに対する日本法準拠の債権は、甲国法による新設分割によりQに対する債権に付け替えられたとされているが、日本法が適用される事項と甲国法が適用される事項とに分けて、法の適用関係を述べなさい。
1. 会社分割におけるQへの債権の承継について
企業再編は、国際私法の立場からは、一つの単位法律関係と捉えるべきではなく、財産が移転する局面や会社組織の消滅成立の局面などを区別して考えるべきである。新設分割においては、新たな会社の設立と、設立された会社への財産や債務の移転が異なる単位法律関係となると考える。よって、⑴対象債務の承継可能性、⑵債務の承継の成立及び当事者間の効力、⑶債務の承継における第三者(債権者を含む)に対する効力に分けて考える。
⑴債務の承継可能性について
対象債務の準拠法によると考える。債務の性質にかかわる問題であり、対象債務の準拠法によるものとして、当事者間及び対第三者関係で統一的に考えるべきである。
⑵債務の承継の成立及び当事者間の効力について
承継の原因行為の準拠法によるべきである。これに対して、会社分割による債務の承継は債権者の被る影響が大きいことから、債権譲渡に比べてより債権者の予測可能性を重視すべきであるが、分割会社・設立会社間の問題については、原因行為の準拠法によることで問題はない。なぜなら、単一の準拠法による方が簡明であり、また、物権変動については目的物所在地法の秩序と密接な関係にあるのに対して、債務の承継については分割会社・設立会社間の関係までも対象債務の準拠法による必要はないと考えるからである。
⑶債務の承継における第三者に対する効力(債権者を含む)について
会社が有する債務の承継の問題を会社分割の効果の問題ととらえると、分割当事会社の従属法を準拠法とすべきと考えられる。しかし、承継する財産の性質に応じてその承継の準拠法が定まると考えることから、債務の承継については、対象債務の準拠法によることとなる。
<日本法と同じ内容の法律を有する甲国法上、知れたる債権者以外の債権者であって、官報に会社分割に係る公告がされもの国外居住であったこと等によりこれを知らず、1か月以上の期間後に異議がないものと扱われた債権者の扱いを、当該債権者の有する債権の準拠法に委ねるとすれば、それが会社の設立準拠法と異なる場合には混乱が生ずる恐れがあります。それでもよいということでしょうか。>
<また、債権の準拠法によるとする場合、その準拠法所属国の会社について行われる債権者保護手続をせよ、ということになるのでしょうか。その準拠法所属国での公告をするということになるとすれば、知れたる債権者以外の債権者に対する保護手続をどこの国でとればよいか不明になってしまうのではないでしょうか。会社法の仕組みが異なる場合、公告制度が異なる場合等々、対応に窮することもありそうです。>
2. 本問における会社分割に伴うSのPに対する日本法準拠の債権についての準拠法は、以下のとおりとなる。
⑴債務の承継可能性についての準拠法は、承継対象の債務の準拠法となる。PとSとの間の融資契約には日本法を準拠法とする条項が置かれている。したがって、契約準拠法である日本法となる(通則法7条)。
⑵債務の承継の成立及び分割会社・設立会社間の効力についての準拠法は、承継の原因行為の準拠法となる。SのPに対する日本法準拠の債権がQに承継されることになった原因行為は、PによるQの新設分割であり、それは甲国法を準拠法としているから、債務の承継の原因行為である新設分割の準拠法、すなわち、甲国法となる。
⑶債務の承継における第三者(債権者を含む)に対する効力についての準拠法は、対象債務の準拠法である日本法となる(通則法7条)。
(市丸景子)
1 Qの新設分割により、従来SがPに対して有していた債権がQに対する債権に付け替えられるかという問題について、どのように準拠法を決定し、適用すべきか。
組織再編は、日本の会社法上、1つの組織的法律行為として扱われている。しかし、国際私法の立場からは、これを1つの単位法律関係と捉えるのは適切でなく、法人の成立の局面と、財産の移転の局面とに区別して扱うべきである。本問では、@新設会社Qの設立と、APからQへの債務の承継が、それぞれ異なる単位法律関係となる。
2 @Qの設立について
(1) 法人の設立は、法人の内部組織に関する事項や外部関係に関する事項などと並び、法人という権利主体から生じる法的問題の1つとして位置付けられる。そして、これらの問題は全て密接に関連しているから、法人が組織として円滑な活動を行うためには、相互に矛盾なきよう解決する統一的規律が必要である。そこで、国際私法上、これら法人をめぐる法的問題は、法人の従属法によって一律に規律される。
(2) では、法人の従属法はどのように決定されるべきか。
学説上、法人の本拠地が存在する地の法とすべきとする本拠地法説と、法人が設立の際に準拠した法によるべきとする設立準拠法説の対立があり、判例もどちらの説を採るか明確にしていない[[1]]。
しかし、法人から生じる法的問題は、法人格の創設そのものと不可分の関係にあるといえるし、会社法が「外国の法令に準拠して設立された法人その他の外国の団体」を外国会社と定義していることや(会社法2条2号)、外国会社について設立準拠法を登記事項としていること(会社法933条1項1号)からも[[2]]、設立準拠法説が妥当であると考える。
(3) これを本問についてみるに、Q社の設立準拠法は甲国法である。よって、会社分割によるQ社の設立の実質的・形式的要件や成否等の問題は、甲国法によって判断されることとなる。
3 AQ社への債務承継について
(1) 会社分割によってPに対する債権をQに承継させるにあたっては、(@)本件債務自体の承継の可否、(A)旧債務者・新債務者間の債務の承継の有効性、(B)債権者保護手続という3つの問題があり、それぞれについて個別に準拠法を判断する必要がある。
(2) まず、(i)債務自体の承継の可否は、対象たる債務の性質そのものの問題であるから、その債務の準拠法によるべきである。
本件債務は、消費貸借契約に基づく貸金返還債務であるから、その準拠法は通則法7条以下に従って決定されることとなる。そして、本件債務の契約上、日本法を準拠法とする明示の合意があるから、通則法7条より日本法が準拠法となる。
(3) 次に、(A)旧債務者・新債務者間の債務の承継の有効性については、あくまで当事者間の効力の問題であり、第三者の保護を考慮する必要がないから、債務の承継の原因行為の準拠法によれば足りると解する。
そして、本問では、Qの新設分割が債務承継の原因行為となっているから、Qの法人の従属法、すなわち設立準拠法たる甲国法が準拠法となる。
(4) (B)債権者保護手続は、一見すると会社分割の手続的要件とその効果の問題であり、設立準拠法たる甲国法によって判断されるべきとも思える。しかし、会社分割に伴う債務の承継は、簡素化された免責的債務引受ともいうべき側面を有し、債権者に与える影響が極めて大きく、その予測可能性を保護する必要性が高い。よって、債務自体の準拠法によって判断すべきである。
本問では、前述の通り、通則法7条より日本法が準拠法となる。<上記のコメント参照。>
4 以上より、@前提たるQの設立とA(A)P・Q間の債務の承継の有効性の問題は甲国法、(@)債務自体の承継の可否と(B)債権者保護手続については日本法が準拠法となる。
(高橋尚美)
問題8 [国際私法IIA]:QのSに対する債務についてのPの保証については、準拠法の定めのない上記の確約書があるだけである。これにより保証契約が成立したということができるか否を判断する準拠法について、形式的成立要件と実体的成立要件に分けて述べなさい。なお、甲国法には、日本の民法446条2項に相当する規定はなく、保証契約であっても無方式で成立するとされているが、それ以外の点については、甲国法と日本法は同じであるとする。
1.実体的成立要件について
(1)契約の単位法律関係は「法律行為」であるから、その準拠法は通則法7条以下の規定により決定される。
(2)本件保証契約に準拠法の選択があった場合、通則法7条により選択した地の法が準拠法となるが、本件では本契約について準拠法の定めがないことから明示の準拠法選択は認められない。
(3)もっとも、通則法7条が当事者自治を趣旨とするものであるから、当事者の意思を尊重すべきであり、明示の意思だけでなく、黙示のものであっても当事者の現実的な意思であることが明確であれば足りる。
本件の契約当時における黙示の意思の存否を検討すると、本件保証契約は甲国法人であるPと日本法人であるSの契約であるところ、当事者の所在地が異なっており、協議自体は甲国において行われているものの、他の代金の支払通貨等により特定の国の法を現実的な意思であることが明確である程度に黙示的に指定していたとはいえない。従って黙示の準拠法選択も認められない。
(4)このように当事者の準拠法がないことから客観的連結を定めた通則法8条により準拠法を決定する。通則法8条1項は準拠法選択における基本的指針を示すにとどまっており、予測可能性に欠ける。そこで2項、3項で推定規定を置くことにより、一定の法的安定性を確保しようとしている。
(5)通則法8条2項の特徴的給付の理論について
特徴的給付の理論とは、当該契約に特徴的な給付をする者の所在地を契約の最も密接な関係地とするものである。特徴的給付とは、契約類型の中でその契約と他の契約を区分する基準となる給付であり、当該契約においてその給付をする側が特徴的給付をする者と推定される。
片務契約の場合には唯一の義務を負う者の給付が特徴的給付と解され、双務契約の場合には、金銭給付はほかの契約一般にもみられるものであるから、通常、金銭給付の反対給付が特徴的給付とされる。
本件のような銀行と保証人との間でなされる保証契約においては、特徴的給付は保証というサービスを提供する保証人が行うため、保証人Pの常居所地が最密接関係地として推定されることになる(通則法8条2項)。
以上から、Pの常居所地である甲国が最密接関係地として推定され、甲国法が準拠法となる(通則法8条1項、2項)。なお、通則法9条による変更があった場合には、その法によることになる。
2.通則法10条の形式的成立要件について
(1)契約の方式は、契約の形式的要件の問題であるから、契約の実質的要件の準拠法と密接な関連性を有し、実質的成立要件と方式が同一の準拠法によって規律されることは、法律関係の簡明という観点からも望ましい。
そこで、通則法10条1項により契約の方式は契約の成立の準拠法による旨規定されている。もっとも常に契約の成立の準拠法上の方式を要求することは当事者に不便となるおそれがあるため、当事者の便宜の観点から10条2項により行為地法に適合する方式も有効としている。結局のところ、いずれかの方式に適合していれば契約は方式上有効という選択的連結を採用している。これは方式についてはできる限り契約を有効にしようとする契約有効視の原則に基づくものである。
しかし、異なる法域に所在する当事者間で隔地的契約が締結された場合には、10条2項の行為地の決定が困難であることから、10条4項を規定し、行為地の決定を不要とした。すなわち、隔地的契約の方式については結局のところ、@契約の成立の準拠法(10条1項)、A申込みの発信地法、B承諾の発信地法が選択肢に適用されることになる。
(2)本件では、契約成立の準拠法は甲国法であり、申込み、承諾の発信地についても準拠法の定めがなくS側のサインのない本件保証確約書が甲国におけるPS間の協議において差し入れられている事実から、申込み、承諾の発信地についても甲国法になるものと思われる。
従って、甲国法が準拠法として定まり、甲国には日本民法446条2項のような書面でしなければ効力を生じない旨の規定はないため、口頭でも保証契約が有効に成立したということができる。
<形式的には外国法によるべき場合ですから、通則法42条の検討は一応必要です。ただし、保証人保護のための書面要件を課しているというのが日本法の趣旨だとすれば保証人のいるところが重要な要素であり、本件では内国関連性が希薄であり、公序違反というほどではないと思われます。>
(長谷川裕一)
問題10 [国際私法IIB]:Qによる解雇無効確認等を求める訴えについて日本の裁判所が本案審理することになったとする。この解雇の有効性の判断に適用される法はいずれの国の法か。
1 解雇の効力の問題は、雇用契約という「法律行為の…効力」の問題として性質決定されるから、通則法7条以下により準拠法を判断する。
2 まず、通則法7条の適用の有無を検討する。
本件では、分社化によりQがPから承継したTとの間の雇用契約上、甲国法を準拠法とする旨が明記されていた。よって、本件雇用契約の効力については、甲国法が準拠法となるのが原則である(通則法7条)。
3 もっとも、本件雇用契約は「労働契約」にあたるから、通則法12条1項が適用されないか。
(1) 本条項は、労働契約の成立・効力について当事者による準拠法の選択及び変更があっても、労働者が当該労働契約の最密接関係地法の中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定が定める事項について、強行規定が適用されると定める。その趣旨は、使用者に比して交渉力・情報力等の点で弱者の立場に置かれる労働者を保護する点にある[[3]]。
そして、同条2項は、「労務を提供すべき地」又はこれを特定できない場合は「当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法」を最密接関係地法と推定する。
(2) 本件において、Tは、客室乗務員として複数の国で現実に労務を提供していたものと推測される。しかし、同人は、日本を拠点として旅客機に搭乗していたのであり、PT間の雇用契約上も、日本を拠点として旅客機に搭乗する場合は、外国に渡航しても翌日には日本に戻り、日本で休日を取得することとされていた。このような勤務の実態に鑑みると、Tは日本を中心に労務の提供を行っていたものといえるから、その労務提供地は日本である。
よって、日本法が、QT間の雇用契約の最密接関係地法として推定される。そして、かかる推定を覆す事情はない。
(3) したがって、Tが、日本法上の特定の強行規定(労働契約法16条など)を適用すべき旨の意思をQに対し表示したときは、当該強行規定も適用されることとなる。
4 以上より、Tの解雇の有効性の判断に適用される法は、原則として甲国法であるが、TがQに対して日本法上の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を表示したときは、例外的に当該強行規定も適用される。
(高橋尚美)
1 Sが有するWを目的とする船舶抵当権の成立と効力の準拠法を検討する。
2 まず、船舶抵当権の法性決定が問題となる。
船舶抵当権は、抵当権の1つであるから、約定担保物権にあたるところ、単位法律関係としては「物権」にあたる。通則法13条によれば、「物権」は目的物の所在地法が準拠法となるから、動産である船舶の抵当権の準拠法についても目的物の所在地法による。この点、船舶は、その所在地が一時的なものに過ぎず、一般にその地との密接関連性が認められないことから、船舶の所属国としての旗国は船籍証書等に明示されかつ継続的であるため、旗国の登録地を「所在地」たる本拠地として、船舶に対する物権関係については旗国法を準拠法とすると解する[4]。
よって、船舶抵当権の成立と効力は、「物権」の問題であるから、成立につき通則法13条2項を、効力につき通則法13条1項によって定まる準拠法を検討する。
3 Sの船舶抵当権の成立について。
通則法13条2項は、物権の「得喪」について、原因事実完成当時の目的物所在地法という不変更主義を採用している。不変更主義を採用した趣旨は、目的物所在地法の変更があった場合にも、物権の得喪には影響がなく、既得権を保護することにある。
Sが有するWを目的とする船舶抵当権は、UとSの間で、Wが乙国船籍であった時に、設定された。原因事実完成当時たる船舶抵当権設定時において、Wの旗国は乙国でああったから、Wの所在地は乙国であったといえる。
したがって、SのWに対する船舶抵当権の成立の準拠法は、原因事実完成当時のWの旗国法である乙国法となる。
4 Sの船舶抵当権の効力について。
(1)通則法13条1項によると、動産・不動産に関する物権の種類・内容・効力については目的物所在地法が準拠法となる。これは、物に関する対世的な権利である物権の最密接関係地がその所在地であることを理由とする。そして、通則法13条2項が「物権の得喪」についてだけは不変更主義を採用していることから、同条1項において、権利の得喪を除く物権問題については時間に関する変更主義を採用しているといえ、目的物所在地法が変更されればそれについて準拠法は変更する。
PがWの購入し、その後、船籍が乙国から甲国へと変わった。船籍の登録変更により、Wの所在地は甲国となる。
したがって、SのWに対する船舶抵当権の効力の準拠法は、甲国法となる。
(2)この点、SのWに対する船舶抵当権の成立の準拠法は、原因事実完成当時の所在地法を基準として、乙国法になるのに対して、効力の準拠法は、現在の所在地法を基準として、甲国法となる。そのため、旧所在地法上成立した物権がいかなる効力を有するかは新所在地法によるほかなく、通則法13条1項と2項の趣旨から、旧所在地法上の物権は新所在地法上の類似の物権に読み替えて新所在地法上の効力を与えることになると解する[5]。この読み替えができる場合、旧所在地法上有していた効力よりも強い効力を与えられること、逆に、より弱い効力が与えられることが生じ得る。
乙国法と甲国法には船舶抵当権という類似の概念があるため、乙国法で成立したSのWに対する船舶抵当権は、甲国法の船舶抵当権に読み替える。そうすると、乙国法の船舶を目的とする担保物権の優先順位は、1位が船舶抵当権で2位が船舶先取特権であったが、甲国法の船舶を目的とする担保物権の優先順位は、1位が船舶先取特権で2位が船舶抵当権であるから、読み替えによって、Sは、乙国法より優先順位が劣る2位の船舶抵当権を有することとなった。
5 以上より、SのWに対する船舶抵当権は、その成立の準拠法が通則法13条2項によって、乙国法となり、その効力の準拠法が通則法13条1項によって甲国法となる。そして、効力の準拠法の読み替えによって、Sの船舶抵当権の優先弁済を受ける順位が1位から2位へと変更されたといえる。
<裁判例において問題となったのは法定担保物権であり、登記はなくても権利行使が可能でしたが、本件は抵当権であり、一般に登記が必要です。乙国から甲国への船籍変更時に乙国の船舶登録簿が閉鎖され、それと連動している船舶登記簿も閉鎖されることがあります(日本法の場合はそうです。)。そのため、乙国の船舶登記簿に記載されていたSのための船舶抵当権が甲国の船舶登記簿に登記し直されていなければ、甲国船籍の船舶に対してSが抵当権者として権利行使をすることができないということになる恐れがあります。>
(寺本吉孝)
問題12 [国際私法IID]:そもそも、Zが当該冷凍車の所有権を取得としたということができるか否かについて適用されるべき準拠法について事項別にすべて挙げなさい。そして、Zが当該冷凍車の所有権を取得しているとして、通則法に照らし、ZのPに対する請求が認められるか否かを判断する準拠法はいずれの国の法か。
1.問題文前段のZが当該冷凍車の所有権を取得したということができるか否かについて適用されるべき準拠法について。
(1)前提として、保険代位とは、保険者が保険契約に基づき被保険者に対して保険金を支払った場合に、被保険者が有する権利を保険者に法律上移転させる制度をいう。保険代位はとくに損害保険に見られる制度であり、一般に、被保険者による保険金と賠償金の二重取得の排除を主目的とする[i]。
(2)本件の、「Zが当該冷凍車の所有権を取得したということができるか否か」という問題は、保険代位が有効に成立したか否かという問題であると思われる。日本の国際私法上保険代位に関する明文規定は存在しないところ、以下適用される準拠法について事項別に述べていく。
(3)任意代位としての請求権代位の準拠法
保険金の支払による請求権の代位として、保険金支払によって被保険者が有する請求権が保険者に移転する旨の保険契約の条項に基づく任意代位の場合がまず考えられ、その場合は、性質上債権譲渡に類似するものであるため、債権譲渡と同様の抵触法によるべきであるというのが多数説である[ii]。この見解によると、本件人準拠法は通則法23条により、対象債権準拠法、本件では通則法7条による明示の準拠法選択は認められず、また黙示の指定も認められないため、8条の客観的連結によることになるが、物の引き渡しが本件特徴的給付にあたり、引き渡し当事者のPの常居所地法である乙国が最密接関係地として推定される。本件でも推定を覆す事情はないため、乙国法が準拠法として適用されるべきである。
(4)法定代位としての請求権代位の準拠法
これについて、裁判例があるが[iii]、それによれば、債権譲渡とは別個の法律による権利の移転の問題であると解したうえで、請求権代位の債務者に対する効力について保険契約の準拠法による旨判示している。
上記を前提とすると、本件損害保険契約において7条による明示的な準拠法指定は存在せず、また黙示の指定も認められず、8条の客観的連結によれば、2項により、特徴的給付としての保険サービス提供者であるZの常居所地乙国が最密接関係地として推定され、覆す事情も認められないため、本件では乙国法が、適用されるべき準拠法であるといえる。
(5)物権変動としての残存物代位の準拠法
本件を物権を対象とする代位とする場合も考えられる。この場合は、準拠法は(2で後述するが)、乙国法であると考える。
2.ZのPに対する請求が認められるか否かを判断する準拠法はいずれの国の法か
(1)盗難された物について保険金支払がなされた場合、当該物の物権が保険者に移転するかという問題の準拠法が生ずる(残存物代位)。
この点、残存物代位についても保険代位の問題であるから、請求権代位と同様に保険契約の準拠法によるとの見解があり、このような判断をした裁判例も存在する。[iv]
しかしながら上記の見解は妥当でない。なぜならば、残存物代位は、債権の法定移転である請求権代位とは異なり、一定の事由に基づく物権の移転であるから、物権変動の問題と法性決定すべきだからである。従って、残存物代位については、通則法13条2項により、「原因となる事実が完成した当時」における「その目的物の所在地法による」と解する。
(2)これを本件についてみると、通則法13条2項の「原因となる事実が完成した当時」というのは、通常は保険金支払時であるといえ、本件もその時点が原因事実が完成した当時であるといえる。
(3)もっとも本件のような盗難物に関する残存物代位については、保険金支払時の目的物の所在地の確定が困難であるため、その準拠法をどのように決定するかに関して問題となる。この点、誰から見ても認識可能な準拠法という観点から、保険会社の事業所所在地法によると解する。[v]
本件では保険会社Zは乙国法人であるので、事業所所在地法は乙国法であるといえる。
(4)以上より、ZのPに対する請求が認められるか否かを判断する準拠法は乙国法である。
<ここまでのところはよくかけていると思いますが、さらにその先にある点、日本に所在する当該冷凍車に対するZの乙国法上の所有権に基づく引き渡し請求(物権の効力)は、通則法13条1項により日本法によることになるので、Pに対してそのような請求ができるのかという点についても論ずる必要があります。>
(長谷川)
1 設問前段について
(1) Zが本件冷凍車の所有権を取得しているか否かという点につき、いかなる法により判断すべきか。
ア 所有権の承継は、物権の得喪の問題に法性決定されるから、通則法13条2項より、「原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法」が準拠法となる。そして、前述の通り、物権の得喪の「原因となる事実」が何であるかは準拠法を適用して初めて判断可能となるので、その時々の「目的物の所在地法」をもって物権変動の有無を検討していくことになる。
イ もっとも、自動車は、国境を越えて広範囲に動き回ることができる性質を有する動産である。そこで、自動車の「所在地法」をどのように決するべきかが問題となる。
自動車が運行の用に供されて広範囲に移動可能な状態にあるときは、物理的な所在地の法によるとすると、自動車の移動と共に準拠法が変動することになり、また特定時点での所在地法の確定に困難が生ずるおそれがある。そこで、このような場合は利用の本拠地の法が「所在地法」に当たると解する。
これに対し、運行の用に供しえない状態で取引の対象とされた自動車については、物理的所在地を確定する上での困難がなく、登録地法等を準拠法とするとかえって取引安全を害することになりかねない。よって、他国の仕向地への輸送中であり物理的所在地によることに支障がある場合を除き、原則通り物理的所在地法が「所在地法」となると解する[[6]]。
(2) これを本問についてみるに、本件冷凍車は、もともと乙国に車両登録されていた。しかし、乙国に車両登録されている間に、物権変動の原因となりうるような事実は何ら生じていない。
(3) 次に、本件冷凍車は、YからPに売却されるにあたり乙国での登録を抹消され、その後日本の横浜港に到着している。日本到着時点では、車両登録がない以上、運行の用に供されていたものとはいえず、また他国仕向地への輸送中でもなかったから、物理的所在地法たる日本法が「目的物の所在地法」となる。
そして、日本民法によると、本問のような盗難品であっても、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者」が「善意であり、かつ、過失がないとき」には、即時取得(民法192条)が成立するとされており、その完成時点は買主が目的物の占有を取得した時点である。よって、本問では、Pが横浜港にてYから本件冷凍車を受領した時点が、原因事実完成時にあたる。
以上より、Pが本件冷凍車を即時取得しているか、またそれに伴い原所有者たる設例上の運送業者(以下、「本件運送業者」という。)が所有権を喪失しているかを判断するにあたっては、Pが本件冷凍庫を受領した時点での目的物所在地法たる日本法が準拠法となる。
(4) その後、本件冷凍車は、日本にて車両登録がなされ、日本での冷凍品運送事業に利用されるようになった。この時点では、運行の用に供されて広範囲に移動可能な状態にあるといえるから、利用の本拠地たる日本が「目的物の所在地法」にあたる。
そして、本件冷凍車が日本に車両登録されている間に、Zが本件運送業者に対する保険金支払いを行っている。日本法上、「保険者は…保険給付を行ったときには…当該保険の目的物に関して被保険者が有する所有権…について当然に被保険者に代位する」(保険法24条)とされているから、保険者が保険給付を行った時点が原因事実完成時にあたる。
よって本問では、Zが本件運送業者に対する保険給付を行った時点が原因事実完成時にあたり、Zの所有権取得の有無については、同時点での利用本拠地法たる日本法が準拠法となる。
(5) 以上より、本問では、@Pの即時取得と本件運送業者の所有権喪失、AZの保険代位による所有権取得が順に問題となり、いずれの事項についても、日本法が準拠法となる。
2 設問後段
同項は、変更主義の下、現在の目的物所在地を準拠法として定める。そして、設問前段にて検討した通り、自動車の場合、それが運行の用に供されて広範囲に移動可能な状態にあるときは、自動車の利用の本拠地が目的物所在地に当たると解される。
(2) これを本問についてみるに、本件冷凍車は、現時点で日本に車両登録されており、Pの日本での冷凍品運送事業に用いられている。よって、本件冷凍車の利用の本拠地は日本であるといえ、日本法が目的物所在地法となる。
(3) 以上より、ZのPに対する請求が認められるか否かを判断する準拠法は、日本法である。
(高橋尚美)