WLS国際民訴(国際関係私法III)2022
第4問[国際民訴@]:大西裕紀
第5問[国際民訴A]:山口海渡
第8問[国際民訴B]:大西裕紀
第10問[国際民訴C]:石井未来
第11問[国際民訴D]:大西裕紀
問題4 [国際民訴@]
1.甲国及び日本は送達条約の締約国であるところ、本件送達は、Bが依頼したGの代理人弁護士が、甲国訴訟に係る訴状と第1回期日への出廷を求める呼出状を、民間宅配業者を使って送付し、Aは配達員に求められるままサインをして受領したものである。このような締約国が指定する中央当局を介さない直接郵便送達は有効か、特に民訴法118条2号の送達要件を満たすかが問題となる。
2(1)判例[1]は、「民訴法118条2号所定の被告に対する『訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達』は、我が国の民事訴訟手続に関する法令の規定に従ったものであることを要しないが、被告が現実に訴訟手続の開始を了知することができ、かつ、その防御権の行使に支障のないものでなければならない。のみならず、訴訟手続の明確と安定を図る見地からすれば、裁判上の文書の送達につき、判決国とわが国との間に司法共助に関する条約が締結されていて、訴訟手続の開始に必要な文書の送達がその条約の定める方法によるべきものとされている場合には、条約に定められた方法を順守しない送達は、同号所定の要件を満たす送達に当たるものでない」として、@了知・防御可能性、A条約順守性を要件とした。
(2)かかる判例と送達条約10条(a)との関係が問題となるところ、日本は2018年末に同号の拒否宣言をし、日本への直接郵便送達が送達条約上有効とならないことが明らかになった[2]。そのため、外国から日本への直接通便送達は、条約違反としてAを満たさず、民訴法118条2号の送達要件を満たさないことになる。
[本件は、伝統的な郵便ではなく、民間宅配業者による送達であるので、これが日本が拒否宣言をした対象であるか否かが問題となる。送達条約10条(a)の英文正文によれば、”the
freedom to send judicial documents, by postal channels, directly to persons
abroad;”と規定されており、この”by postal channel”とは、同条(b)・(c)が、それぞれ、嘱託国の裁判所附属吏等が直接名あて国の裁判所附属吏等に送達等を行わせること、裁判手続の利害関係人が直接名あて国の裁判所附属吏等に送達等を行わせることを掲げ、他の締約国内において嘱託国での裁判のための行為をさせることを拒否の対象としており、(a)については公的郵便事業者による行為か民間宅配業者による行為かは有意な違いがないことに加え、送達条約が作成された1960年代当時とは異なり、伝統的には公の機関が担っていた郵便事業が民営化される国が増えていることに鑑みると、10条(a)の留保をしても民間宅配業者による訴状の直接送達を拒否できないという解釈は本条の趣旨に反すると解され、したがって、本件のような送達配達も日本は拒否していると解される。]
3.以上からすれば、本件送達は甲国から日本への直接郵便送達であって、送達条約10条(a)に違反するものとして、民訴法118条2号の送達要件を満たさず、有効な送達とは評価されない。
[1] 最判平成10・4・28民集52巻3号853頁。
[2] 多田望「判批」別冊ジュリスト256号(2021)191頁。 [大西裕紀]
問題5 [国際民訴A]
1.人事事件についてされた外国裁判所の判決の日本における効力に関しては、民訴法118条がそのまま適用される[1]。したがって、A・Gの父子関係を認める甲国裁判所の確定判決(以下「本件甲国判決」という。)の日本における効力は、民訴法118条を適用して判断する。本問では、本件甲国判決が、間接管轄(民訴法118条1号)の要件を充足するか否か検討する。
2.間接管轄の判断基準について、民訴法118条は具体的に規定していない。最高裁判決[2] は、財産事件についてではあるが、間接管轄の判断基準につき、「基本的に我が国の民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、外国裁判所の判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判断すべき」と判示している。人事事件については、「民訴法」の部分を「人訴法」と読み替える。
上記最判は、間接管轄の判断基準について、基本的には直接管轄の基準によりつつ、間接管轄としての独自の判断の余地を残したものであるといえる。これに対し、私見は、間接管轄の判断基準は、直接管轄の基準と同一の基準によるべきと考える(いわゆる鏡像理論)。なぜなら、直接管轄の基準においても、民訴法3条の9や人訴法3条の5により、判旨がいう「具体的事情」を考慮するのであって、直接管轄以外の基準によるべき必要性に乏しいからである。
以上より、本件甲国判決について、人訴法上3条の2以下にしたがい、「日本」を「甲国」に読み替えて、甲国の管轄権が認められるか、翻って、間接管轄が認められるか検討する。
3.人事に関する訴えについて、甲国の裁判所の国際裁判管轄権は、人訴法3条の2各号のいずれかに該当する場合に認められる。もっとも、甲国の裁判所が管轄権を有することとなる場合においても、特別の事情があると認めるときは、訴えは却下され、甲国の裁判所は管轄権を有しない(人訴法3条の5)。
(1)身分関係の当事者の双方が甲国の国籍を有するとき(人訴法3条の2第5号)
本件甲国判決の身分関係の当事者の双方であるA・Gは、ともに甲国の国籍を有する。したがって、人訴法3条の2第5号の要件を充たし、甲国の裁判所の管轄権が認められる。
(2)特別の事情による訴えの却下(人訴法3条の5)
人訴法3条の5が列挙する各考慮要素を以下で検討し、甲国の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があるか否か判断する。
人訴法3条の5と民訴法3条の9は、ほとんど同じ趣旨の規定である。両規定の相違点は、日本を法廷地とする専属的管轄合意がある場合の例外規定の有無、考慮要素としての「当該訴えに係る身分関係の当事者間の成年に達しない子の利益」の存否のみである。そこで、両規定で共通の考慮要素の意義の解釈にあたっては、民訴法3条の9の解釈を参照する。
ア.「事案の性質」(人訴法3条の5)
事案の性質とは、請求の内容等の紛争に関する客観的な事情を含む[3]。本件は、A・G間の父子関係存在確認訴訟であり、父子関係の存否は、Gの父であると主張されているA及びAの子であると主張しているG双方の権利義務に関わる問題である。
イ.「応訴による被告の負担の程度」(同上)
「応訴による被告の負担の程度」とは、応訴により被告に生じる負担、当事者の予測可能性等の当事者に関する事情を含む[4]。被告であるAは、この頃、日本において日本法人Cを設立し、事業を軌道に乗せているから、金銭的な余裕を有しているものといえ、また、Aは35歳まで甲国でコメディアンとして活躍した甲国人であり、甲国に慣れ親しみ、甲国語を理解しているから、応訴により被告に生じる負担は大きいとはいえない。また、Aは甲国にいた頃、Bと一緒に暮らしており、Bの子であるGから父子関係存在確認の訴えを提起されることも、予測できたものといえる。
ウ.「証拠の所在地」(同上)
「証拠の所在地」とは、物的証拠の存在や証人の所在地等の証拠に関する事情を含む[5]。本件父子関係の存否を判断する準拠法は、法廷地である甲国の国際私法の規定が問題文から明らかでない以上、不明である。一般に、父子関係の存否の証拠は、人証等によるものと考えられ、A、母B、Gの所在地に依存するところとなる。Aは日本にいるが、B・Gは甲国にいるため、証拠の所在地は甲国に多く所在しているといえる。
エ.「当該訴えに係る身分関係の当事者間の成年に達しない子の利益」(同上)
成年に達しない子であるGの利益を考慮に入れると、Gの利益保護に資する本件訴えの提起をGの所在国である甲国において認めることが望ましいといえ、この点は重視されるべきである。
オ.「その他の事情」(同上)
「その他の事情」としては、外国裁判所における同一または関連事件の係属等の事情が挙げられるところ[6]、本件において、そのような事情はない。
以上に鑑みると、甲国の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があるとはいえない。
4.よって、甲国の管轄権が認められ、翻って、間接管轄(民訴法118条1号)が認められる。
[1] 澤木=道垣内『国際私法入門(第8版)』(有斐閣、2018年)353頁。
[2] 最判平成26年4月24日民集68巻4号329頁。
[3] 秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法T[第3版]』[2021]174頁。
[4] 同上。
[5] 同上。
[6] 同上。 [山口海渡]
問題8 [国際民訴B]
1.言語デバイス契約にかかるQ条は「本契約をめぐる一切の紛争は、東京地方裁判所における訴訟により解決するものとする」として専属的管轄合意を定めた条項となっている。かかる管轄合意は有効か。
2(1)管轄合意が有効であるには、@一定の法律関係に基づく訴えに関し、Aいずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかを定め、B形式要件を満たし、C民訴法3条の7第4項に該当せず、D専属管轄ルール(民訴法3条の10)に反さず、E管轄合意能力が存在し、F法律との抵触がなく、G公序に反しないことが必要である[1]。
(2)Q条は「本契約をめぐる一切の紛争」を対象としており、本契約という一定の法律関係に基づく訴えに関するものといえ(@)、東京地裁に訴えを提起することを定めている(A)。また、形式要件(民訴法3条の7第2項、3項)も満たしていると考えられる(B)[2]。Cについてはそもそも東京地裁に締結提訴する旨の条項であるから、「外国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意」に該当せず、本件で不要な要件であるは問題とならない。また、Q条は専属管轄ルールに抵触する内容でないし(D)、法律との抵触も認められず(F)、CとH社には管轄合意能力も存在しているといえる(E)。
(3)公序に反しないか。
この点、判例[3]は、管轄合意の有効性について、「管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合は各格別、原則として有効と認めるべきである」としていることから、本件Q条が上記のような例外的場合に該当しないか。かかる場合に該当するかは、管轄合意を有効と認めて管轄を認めることがきわめて不合理又は不当な結果となる場合に限られると解する[4]。
Hは、日本の弁護士を選任した上で、疫病の蔓延のため日本への渡航ができない状態では攻撃防御を十分に尽くすことができないことを理由としてQ条の管轄合意は無効であると主張している。たしかに、2020年初頭より世界的に致死率の高い疫病が蔓延したことにより各国とも出入国を厳重に管理しているところ、このような状況下では、自由に日本へ渡航することができる状況の場合に比して一定程度攻撃防御に支障が出ることは避けられないといえる。しかし、CH間の契約については、疫病蔓延後の2020年の取引は契約通りに行われていること、Hは日本の弁護士を選任していることから、一切日本と乙国との間で交信ができないというわけではない。また、日本における民事訴訟ではIT化が進んでおり、オンライン会議システムを使用した期日開催も可能であること、電磁的方法を使用した書類の受送達が可能であること、日本の弁護士を選任している以上、同弁護士を介して日本での証拠収集等の訴訟活動が可能であることからすれば、上記事情による攻撃防御への支障は大きいとまではいえない。
このような事情からすれば、Q条の有効性を認めて東京地裁に管轄を認めたとしても訴訟追行上きわめて不合理又は不当な結果となるとはいえない。したがって、管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するときにはあたらず、Q条が公序に反するとはいえない(G)。
3.以上より、Q条が無効であるとするHの主張は認められず、また、民訴法3条の9に規定される特別の事情のない本件ではについては、同条括弧書きにより、日本の裁判所に専属管轄を与える合意には適用されないので、東京地裁に国際裁判管轄が認められる。したがって東京地裁の対応としては訴訟を継続すべきである。
[1] 澤木=道垣内『国際私法入門(第8版)』(有斐閣、2018年)301頁以下。
[2] 本件で言語デバイス契約がいかなる媒体で締結されたかは明らかでない。当事者がCとH社という法人であり、通常は形式要件を満たしていると考えられるから、本文のように評価した。もっとも、仮に言語デバイス契約が口頭で締結され、本件条項も口頭で示し合わされたに止まるような事情があるとすれば、Q条は形式要件を満たさないとして無効になる。
[3] 最判昭50・11・28民集29巻10号1554頁。
[4] 澤木=道垣内・前掲注[1] 306頁。 [大西裕紀]
問題10 [国際民訴C]
1. Aの弁護士は、Aは甲国大統領であるので、日本の裁判権に服することはない旨を主張したところ、この本案前の抗弁は認められるか検討する。裁判権は、主権の一作用である司法権の行使であり、国際法上、一定の限界があるところ、本問において日本の裁判権が認められるか問題となる[1]。
2. 外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律(民事裁判権法)2条4号は、「外国等」について、「前三号に掲げるものの代表者であって、その資格に基づき行動するもの」と規定している。そして、同号には、国家元首、内閣総理大臣や各省庁の大臣が該当する[2]。本問において、Aは甲国大統領であるので、同法2条4号により「外国等」に該当する。
もっとも、私見では、同号は、「代表者であって、その資格に基づき行動するもの」と規定しているところ、国の代表者たる国家元首や内閣総理大臣は、国の代表者としての資格に基づき行動するとともに、私人としても行動することがあり、国の代表者としての資格と私人としての資格が並存すると解する。
本問において問題となっているAの行為は、Aが甲国大統領就任前に、日本で記者会見を開き、Iの名誉を毀損するような発言をしたことである。かかるAの行為は、甲国の代表者としての資格に基づくものではなく、私人としての資格に基づくものであるから、上記行為に関しては、Aは、同号に規定される、同法が適用される主体に該当せず、民事裁判権法上、日本の裁判権は免除されない。
[また、仮に上記の議論が妥当しないとしても、Aが大統領に就任したのは本件の訴え提起後であり、裁判権の判断基準時は、国際裁判管轄と同様(民訴法3条の12)、訴え提起時を標準とすべきであると解されるので、本件における裁判権免除の抗弁を認めることはできない。<あるいは、逆に、上記の末尾を「日本の裁判権からの免除は認められないとも考えられる。」とした上で>しかし、外国元首に就任する前の行為とはいえ、元首就任後に日本での訴訟に服させることは国際礼譲に反し、また、訴訟手続が開始後に外国元首になった者も被告として手続を進めることは、当該元首に対する国際礼譲を失するとも考えられる。後者の点については、このような事情は裁判権免除ならではのことであって、国際裁判管轄では生じないと考えらることから、民訴法3条の12のような考え方は裁判権については当てはまらないと考えられる。]
したがって、Aは、日本の裁判権から免除されず、Aの弁護士の本案前の抗弁は認められない。
[1] 澤木=道垣内『国際私法入門(第8版)』(有斐閣、2018年)259-260頁。
[2] 飛澤知行『逐条解説 対外国民事裁判権法―わが国の主権免除法制について』14頁(商事法務、2009)。
[石井未来]
問題11 [国際民訴D]
1.本件請求にかかる不当利得返還請求訴訟は乙国法人であるHに対する請求であるところ、国際裁判管轄が認められるか。
2.上記の通り本件請求にかかる本案の訴えは、不当利得返還請求権であり、「財産権上の訴え」にあたる(民訴法3条の3第3号)。そして、Hは日本に特許権を有していることから、「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にある」といえる。また、「その財産の価額が著しく低い」(同号かっこ書)といえるかは、絶対額として日本での訴訟コストを賄うに十分足りるものであるか、又はその額に足りなくても、請求額との関係で相対的に大きな割合の額であれば満たされる[1]。本件訴求額は950万ドルと日本円にして約13億円であるところ[2]、仮差押対象財産であるHの保有する多数の日本の特許の価額は約5億円である。そうすると、上記の基準に照らしても、本件請求についての日本での訴訟コストを賄うのに十分足りる額であるといえ、「著しく低い」とはいえない。
また、本件ではHは日本に特許権を有しているし、日本での取引も行っており、応訴による負担の程度が大きいとは言えないこと、事案が日本法人Cによる不当利得返還請求で、かつ仮差押対象物が日本の特許権であるから日本との関連性を有しているといえること、証拠も乙国に偏在しているという事情もないことから、民訴法3条の9にいう特別の事情もなく、同条による訴え却下とはされない。
以上より、本件請求は日本に国際裁判管轄が認められる。
[この3の部分は、問題文により、外国判決のうち懲罰的損害賠償を命ずる部分は公序違反とされて日本での執行が認められないことは前提とされているので、記載不要です。3.もっとも、本件請求は乙国で執行された懲罰的損害賠償としての950万円についての返還を請求するものであるところ、かかる請求は乙国裁判所における確定判決及びそれに基づく乙国内に存在したCの資産に対する強制執行と矛盾するものであるといえる。そうするとこのような訴えは却下されるべきでないか。
この点、上記の本件請求の内容からすれば、本件請求は乙国で執行された懲罰的損害賠償としての950万円の強制執行について法律上の原因が無かったことを理由とするもので、これが認容されれば乙国での確定判決と内容としての矛盾抵触が生じることになる。ここで、内外判決の抵触の一類型として、日本において外国判決が援用された時点でまだ日本に牴触する確定判決がない場合において、日本での訴訟が後で始まった場合には、その外国判決の既判力を承認し、日本での訴えは却下すべきであるとされる[3]。かかる見解によれば、本件では乙国裁判所による上記確定判決が援用されれば、日本での訴訟が後で始まったといえるから、本件請求にかかる訴えは却下されるとも思える。
しかし、日本では外国判決のうち懲罰的損害賠償を命ずる部分の執行は公序違反として拒否されることが判例により確立している[4]。そして、日本での外国判決の承認執行の要件は同一であるところ、上記判例より、外国裁判所の確定判決のうち、懲罰的損害賠償を命ずる部分は民訴法118条3号の要件を欠くといえる。民訴法118条柱書にいう「効力」とは、外国で付与された既判力及び形成力をいうところ、同条3号の要件を欠く以上、上記部分についての既判力は日本で認められないといえる。これらからすれば、上記見解によったとしても、外国判決の既判力について承認要件を欠くのであるから、訴え却下すべき場合に該当しないと考えられる。
以上より、本件請求では訴えは却下されない。]
4.では、本件請求は認められるか。
(1)この点、本件請求は不当利得返還請求であるところ、通則法14条により原因事実発生地法が準拠法となる。不当利得と主張されている950万円については乙国裁判所の確定判決に基づく[乙国における]強制執行によるものであるから、本件請求の準拠法は乙国法になる(本件事情からは同法15条、16条の適用はないと考える)。そうすると、乙国法に照らして不当利得、すなわち法律上の原因のない利得と認められるかが問題となるが、上記のように本件請求で利得として主張されているものは、乙国裁判所という外国公権力が確定判決によって外国において行使されたものであり、このような公権力行使の有効無効について日本の裁判所が判断できるか。
(2)裁判例[5]の考え方に沿えば、外国公権力の外国での行使についての有効無効は、独立主権相互間の主権尊重、友好維持の必要から生ずる国際礼譲の要求するところと条理の観点から、審理し得ず、反射的効果として当該措置を有効と認めることになり、当該措置が通則法42条[外国領域内における当該外国の公権力行使の結果を日本で公序に反するとして承認を拒否するための根拠条文は、そのような外国公権力行使の典型として外国判決について定めている民訴法118条3号を準用することになるのではないかと思われます。]に反しない限りにおいて日本においても効力は認められると解される。
そうすると、原則として本件では上記強制執行の有効無効について審理はされず、有効として扱われることになる。
たしかに、日本では外国判決のうち懲罰的損害賠償を命ずる部分の執行は公序違反として拒否されることが判例により確立している(民執法24条、民訴法118条3号)。もっとも、本件請求は乙国裁判所の確定判決による懲罰的損害賠償の執行を求めているものではなく、あくまで乙国で行われた強制執行について乙国法上、法律上の原因を欠いているかどうかを判断することになるのであるから、利得が懲罰的損害賠償の強制執行によるものであるとしても、それが乙国法上有効に行われている以上、それが無効であると判断して法律上の原因を欠いていると判断することはできないと考える。
5.以上より、本件請求にかかる950万ドルの利得は乙国法上、法律上の原因のない利得とは言えない以上、本件請求は認められない。
[1] 澤木=道垣内『国際私法入門(第8版)』(有斐閣、2018年)276頁。
[2] レートについては2022年6月30日現在の1ドル=136.6円に準拠した。
[3] 澤木=道垣内・前掲注[1] 306頁。
[4] 最判平9・7・11民集51巻6号2573頁。
[5] 東京高判昭28・9・11高民集6巻11号702頁。
[大西裕紀]