WLS国際私法(国際関係私法II)2022
第1問[国際私法@]:高橋涼馬
第2問[国際私法A]:衣川莉夏
第3問[国際私法B]:内山瑛恵
第6問[国際私法C]:陳 啓佑
第7問[国際私法D]:宋 恩知
第9問[国際私法E]:大西裕紀
問題1[国際私法@]
設問前段について
A・Eの婚姻が甲国法と日本法のいずれの法が準拠法となるかは、法の適用に関する通則法(以下「通則法」)の24条によって決する。同条は1項で婚姻の実質的成立要件について規定し、2項・3項で婚姻の方式について規定している。1項は配分的連結(適用)を採用していると解されている。その具体的内容は単位法律関係は一つなのだから一方要件、双方要件に区別することなく、戸籍実務においても採用されているように当事者双方の本国法の累積的適用を行い、男女それぞれの本国法の全ての要件を備えるべきである。本問では仮にAの以前の交際相手であるB・DとAが婚姻関係にあったとしたら重婚や待婚期間等が問題となるが、本問においてそのような事情はないため、A・E間の婚姻の実質的要件については問題ないと仮定して論ずる。
次に婚姻の方式について検討するに、本問では、まずA・Eは日本国内(東京)の甲国大使館において甲国大使の前で甲国の方式に従って婚姻することを認めるいわゆる外交婚を行っている。通則法24条2項では婚姻の方式は婚姻挙行地法によるとされているが、3項で当事者一方の本国法に適合する方式でも有効とする選択的適用を採用している。そのため本問では2項によれば挙行地である日本法に適合する方式によらねばならないが、3項により、Bの本国法である甲国法に適合する方式である甲国大使館での外交婚は有効かに思える。しかし3項ただし書きにおいて日本を挙行地とする婚姻で当事者の一方が日本人である場合は3項本文の適用が除外される。日本で挙行した場合は日本に居住する可能性が高く、一方当事者である日本人の婚姻を戸籍に反映させるためである。よって、原則通り2項が適用される結果A・Eの婚姻の方式の準拠法は挙行地である日本法であり、甲国大使館における外交婚は方式として日本法のもとでは無効である(民法741条、戸籍法40条)。もっともA・Eは外交婚翌日に住所地の戸籍窓口に婚姻届を提出しているため(戸籍法74条、戸籍法施行規則56条)、これが適法に受理されていれば婚姻の方式としても有効である。
よってA・Eの婚姻は方式上は日本法上の婚姻である。
設問後段について
仮にA・E間の婚姻が甲国法上のものとされても婚姻と離婚は別の単位法律関係であると通則法は規定しているため甲国法で離婚が禁止されていたとしても、離婚の準拠法が離婚を許容しているかによる。[離婚については27条に規定しており、25条の夫婦の同一本国法→常居所地法→最密接関係地のルールを準用している。本問ではA・Eの本国法は甲国法と日本法で異なるが、常居所地は夫婦ともに日本であるため常居所地法である日本法が準拠法となる。そして日本法では協議離婚(民法763条)が可能であるため、A・Eが将来離婚をすることになったとしても離婚は制限されない。](将来の連結点は不明ですので、この部分は不要。) [高橋涼馬]
問題2[国際私法A]
1. A・はF間との父子関係を認めていない。本件嫡出否認が認められるか否かは、どこの国の法律によって判断されるべきか。
(1)通則法28条は「夫婦」に言及し、29条がこれに言及していないことに照らすと、子の父母とされる者が婚姻している場合には28条により、婚姻していない場合には29条によると考える。
本件において、ADは大阪で同居していた事実があるが、婚姻はしていなかったため、29条により準拠法を決定する。
(2)ア. 29条1項前段によると、非嫡出親子関係の成立は父子関係においては「この出生の当時における父の本国法」による。本件で子Fの出生当時の父Aの本国法は甲国法であるため、父子関係の成立には事実主義が採用される。
イ. 29条2項前段をよると、「認知の当時における認知する者又は子の本国法」によっても非嫡出親子関係が成立する。本件において、「認知の当時における認知する者」は父Aであり、その本国法は甲国法である。一方、子Fは乙国人であるため、子の本国法は乙国法となり、認知主義が採用される可能性がある。
(3)29条は選択的連結を採用しているが、この趣旨は、認知はその時点で相応しい準拠法を適用することが認められるべきであり、認知の成立を容易にするという点にある 。
したがって、A・F間の親子関係の有無を定める準拠法は、甲国法及び乙国法となるであり、いずれかにより父子関係が認められれば、父子関係があるとされる。乙国法による場合には、FがAに対して強制認知を求める訴えを提起する必要がある。 [衣川莉夏)
問題3[国際私法B]
日本の裁判所でA・Fの父子関係が争われる場合、甲国法が準拠法となることは[問題2]で確認した通りであるが、Aによる(i)と(ii)のそれぞれの主張が認められる場合には、甲国法は適用されないと考えられる。そこで、[これらの主張が認められる場合であっても、適用されないのは問題記載の証明責任の点だけであり、準拠法が甲国法でなくなるわけではありません。]各主張の当否および甲国法の適用の可否について、以下で検討する。
1. (i)の主張について
(1) 実体問題については外国法が準拠法となる可能性があるのに対して、手続問題については常に法廷地法が適用される。このことを「手続は法廷地法による」原則という。本事案において、Aは、父子関係の有無に関する証明責任の問題は手続問題であるから甲国法の適用はないと主張しているところ、右主張が正当といえる場合には、「手続は法廷地法による」原則により、証明責任については日本法が適用されることになる。
(2) 法性決定
そこで、父子関係の有無に関する証明責任の問題が、手続問題と実体問題のどちらに属するかを決定する必要がある。この点について、裁判例[1]は、立証責任の問題と表見証明ないし一応の証明の問題とを区別し、前者については「法律効果の発生要件と密接に結びつく」ことを理由に、実体法の問題と捉えているのに対して、後者については「自由心証の原則と同じく訴訟法的性格を有するものである」として、手続法の問題と捉えている。
しかし、一応の証明が働く場面においては、準則性の高い経験則が働き、要件が実体法的に固まっている(定型的事象経過に限るなど要件が加重されている)のであるから、法定廷地裁判官が個別事件の状況に応じて判断せざるをえない問題とはいえない[2]。このように、一応の証明が自由心証の枠内の問題ではないと解するならば、実体準拠法に委ねるとするのが妥当である。
(3) 本事案の場合
これを本事案についてみると、甲国法は、父子関係の成立については一応の証明が働くとしている。(2)でみた通り、一応の証明の問題については実体準拠法を適用すべきであるから、Aの当該主張は不当である。
2. (ii)の主張について
[[問題1]2.(2)で確認した通り、]甲国法の適用結果が国家的な公序良俗の観念に反する場合には、通則法42条により、当該規定は適用されないことになる。そして、公序則が発動されるか否かは、外国法適用結果の異常性と事案の内国関連性との相関関係により決まる。
(1) 内国関連性
これを本問についてみると、Aは甲国人、D・Fは乙国人ではあるが、A・Dは日本で同居していたのであるから、Fも日本で生まれた可能性が高い。そうだとすると、A・Fの父子関係を判断するうえで、内国関連性は比較的高いといえる。
(2) 適用結果の異常性
DNA型鑑定は、対象者の遺伝情報を取得するものであるから、対象者の意思に反してこれを直接強制することは、人格権やプライバシー保護の観点からみて、侵害の程度が著しいといえる。他方で、甲国法は、DNA型鑑定を直接強制するものではなく、あくまで、対象者がDNA型鑑定を拒否した場合には、そのことをもって父子関係を認めるというものである。このような間接強制の場合には、日本の法秩序として許容できないかが問題となるところ、民訴法には、当事者が文書提出命令に従わない場合、裁判所は当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるとする規定がある(同法224条1項)。そのほかにも、同法208条や同法232条に同様の効果が規定されている。
しかし、人事訴訟19条によりにおいては、民訴法224条等の適用は認められず、鑑定拒否をもって一応の推定を働かせることは、実体的真実の発見が強く要請されていることに馴染まないとされている[3]。
以上より、鑑定拒否を理由に一定の事実を擬制するという制裁を働かせることは、日本の人事訴訟が要請する真実発見の観点からして許されないというべきである。そうだとすると、AがDNA型鑑定を拒否した場合にAに不利益な推定をすることは、適用結果において異常性が高いといえる。
(3) よって、内国関連性と適用結果の異常性はいずれも相当程度高いといえるから、通則法42条が適用される結果、甲国法の適用は排除されるとなる。したがって、Aの当該主張は正当といえる。
3. 以上からすると、この問題が日本の裁判所に持ち込まれた場合、甲国法の不利益推定の規定の適用が排除される結果、甲国法に基づいてA・Fの父子関係は認められないとなる。
註 [1] 東京地判平成10・5・27判時1668号89頁。
[2] 吉賀芳賀雅顯『渉外訴訟における一応の証明』法政論研法學政治學論究24号177頁(1995)以下参照。
[3] 春日偉一郎『民事証拠法論』(商事法務、2009年)312頁 [内山瑛恵]
問題6[国際私法C]
AとF・G間には渉外的法律関係が存在する。そして、それは扶養と法性決定される。
1 扶養義務の準拠法に関する法律(以下、法という)2条1項は、「扶養義務は、扶養権利者の常居所地法によって定める。ただし、扶養権利者の常居所地法によればその者が扶養義務者から扶養を受けることができないときは、当事者の共通本国法によって定める。」としている。ここで、「扶養を受けることがない」とは、法律上扶養義務が存在しないことをいい、「共通本国法」とは、国籍が共通する法のことをいう(「国際私法入門」132頁参照)。
なお、法2条2項は、「前項の規定により適用すべき法によれば扶養権利者が扶養義務者から扶養を受けることができないとき」は、日本法を準拠法とする。これは、「扶養権利者を保護し、扶養が与えられる機会をなるべく広く認めるという趣旨」(同頁)である。
2 本問では、A・F間、A・G間の非嫡出親子関係が認められている。ゆえに、Aが父としてF、Gに扶養義務を負うか否かは、上記規範によって指定される準拠法の内容に左右される。Fは、Dとともに大阪に居住していることが事実関係から窺われるため、AのFに対する扶養義務は日本法が準拠法となる。一方、Gは、Bとともに甲国に居住していることが事実関係から窺われるため、AのGに対する扶養義務は甲国法が準拠法となる。
ところで、日本法上、民法877条1項が、直系血族は、互いに扶養をする義務があるとする。すると、AにはFに対する扶養義務があるため、法2条1項但書及び2項は問題とならない。ただし、問題は甲国法においてAのGに対する扶養義務が認められているか否かであり、場合分けを要する。
@甲国法において扶養義務が存在しない場合、AとFの共通国籍の地の法が甲国法である以上は扶養としての意味をなさず、結局は法2条2項により準拠法は日本法となる。
A甲国法において扶養義務が認めている場合、準拠法は甲国法となる。
3 以上、AのFに対する扶養義務の準拠法は日本法であり、AのGに対する扶養義務の準拠法は@の場合は日本法、Aの場合は甲国法となる。 [陳 啓佑]
問題7[国際私法D]
1. 設問前段:P条(1)との関係で、乙国法の不可抗力特別法の適用はどうなるか
(1) Cが2021年分のデバイス50万セットを供給できなかったことについて、債務不履行責任を追及する訴訟が日本で行われる場合、問題となるのはCH間の言語デバイス契約上の債務不履行の効果であるから、「法律行為の…効力」と性質付けられ、その準拠法は「当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法」となる(通則法7条)。
(2) ところで、CHが契約書P条(1)に規定しているのは、準拠法の合意に当たるか。たしかに、「…乙国法によるものとする」と記載しているから、乙国法を契約準拠法として合意しているものとも思える。しかしながら、同項は「2019年3月1日に乙国で施行されている乙国法による」「乙国法のうち、乙国人又は乙国法人のみを優遇することを定めるものは適用されない」などと乙国法の適用を限定しているところ、このような合意が準拠法合意として有効かが問題となる。
ア. 特定の時点における特定の国の法を準拠法として合意する、いわゆる化石化条項は有効か。通則法7条が「選択した地の法」と定めていることから考えるに、通則法は、あくまでも法域を選択するという意味で、準拠法選択に際しての当事者自治を認めていると解される。すなわち、時間的な法の適用関係は準拠法の時際法によることが予定されており、化石化条項は通則法7条の準拠法合意としては無効である。もっとも、当事者間の合意は実質法的指定として、契約内容として取り込まれる 。以上より、P条(1)の第1文は、準拠法合意としては無効であり、契約内容をなすにとどまる。
イ. P条(1)の第2文は、乙国法のうち「乙国人または乙国法人のみを優遇することを定めるものは適用されない」と定めているが、先述した通り、通則法の予定している準拠法選択はあくまでも法域選択であり、特定の国の法の特定の部分を採用したり排除したりすることを認めるものではない 。したがって、第2文もまた、準拠法合意としては無効であり、契約内容をなすにとどまる。
ウ. 以上より、本件についての当事者による準拠法の選択(通則法7条)はない。[黙示の指定が直ちにないとは必ずしも言えないと思われます。]
(3) そこで、通則法8条に基づき、準拠法がどの国の法となるか検討する。
ア. 本件契約の効力は、本件契約締結時において本件契約に最も密接な関係のある地の法による(通則法8条1項)。
イ. 本件契約は、Hの製造する言語デバイスをCが日本で独占販売することを内容とする契約であるから、契約を特徴づけるのはHによる言語デバイスの給付である。したがって、「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うもの」にあたり、Hの事業所の所在地の法が、「最も密接な関係がある地の法」と推定される(通則法8条2項)。この推定を覆す事情は見当たらない。
ウ. したがって、準拠法はHの事業所の所在地法である乙国法である。
(4) では、乙国の不可抗力特別法の適用があるか。
ア. 準拠法が乙国法となる以上、適用があるようにも思えるが、同法は2019年3月2日以降に制定された乙国法であり、また、乙国人または乙国法人のみを優遇する乙国法であるところ、P条(1)が契約内容としてその適用を排除しているのではないかが問題となる。
イ. ところで、実質法的指定は、あくまでも契約自由が認められる範囲内で許されるものであるから、指定された法の内容が準拠法上の強行法規に反する場合は、何ら効力を有しない。そして、実質法的指定自体が契約内容であるから、準拠法上の強行法規に反するか否かは、契約(の当該条項)の有効性すなわち「法律行為の成立および効力」と性質付けられる(通則法8条1項)。
ウ. したがって、P条(1)により乙国の不可抗力特別法の適用が排除されるか否か(不可抗力特別法が当事者間の合意による排除を認めない強行法規に当たるか否か)の判断もまた、準拠法である乙国法に従って決定される。[この種の特別法は強行法規として制定されるのだろうと思われます。なお、P条第2文は、そもそもこの特別法が国籍・設立準拠法による差別的扱いを定めていないという点も論点でしょうが、仮に問題があるとしても、上記の通り、強行法規であればこのような適用除外の合意は認められないと思われます。]
2. 設問後段:P条(2)はどう評価されるか。
(1) P条(2)は、「本契約に関連する不法行為請求」の準拠法も、P条(1)により定めるという規定である。しかしながら、不法行為によって生ずる債権の成立および効力の準拠法を、不法行為の発生以前に当事者間で定めることはできない(通則法21条参照)。したがって、P条(2)もまた、準拠法合意としては無効である。
(2) そこで、本契約に関連する不法行為請求の準拠法について検討する。
ア. 本件言語デバイス契約に関するHの責任を不法行為として追及する場合、準拠法は原則として「加害行為の結果が発生した地の法」である日本法となる(通則法17条本文)。
イ. もっとも、かかる不法行為は「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われ」るものである(通則法20条参照)。また、契約準拠法は上述した通り乙国法である。さらに、契約書P条(2)は、不法行為に基づく損害賠償請求と債務不履行に基づく損害賠償請求の準拠法を統一させる趣旨と解される。このような事情を考慮すると、不法行為請求についても、日本より乙国が密接な関係を有する地であることが明らかである。したがって準拠法は乙国法となる(通則法20条)。P条上(2)が準用するP条(1)により、乙国法のうち一定部分の適用が排除されるか否か(実質法的指定が有効か)という問題自体も、先述したのと同様、乙国法の解釈によることとなる。
(3) このように、P条(2)は、準拠法合意としては無効であり、通則法20条により不法行為準拠法を検討するにあたり一考慮要素として評価されるに過ぎない。 [宋 恩知]
問題9[国際私法E]
1.Iは、Aに対し、記者会見による@名誉毀損、A丙国でのビジネスへの支障の発生を理由にして損害賠償請求をしている。
以下、準拠法について検討するが、言語デバイス契約におけるP条(2)において、「前項の規定は、本契約に関連する不法行為請求についても適用する」とされているところ、後述のAの記者会見では、Aは言語デバイス契約に関する訴訟には一切触れず、実質的内容もそれとは無関係なものであったのであり、上記@Aの損害賠償請求は「本契約に関連する不法行為請求」とはいえないといえる。したがって、@A請求について上記P条(2)は適用されないと考える。
2.@について
@については、名誉毀損とは人の社会的評価を低下させる行為をいうところ、Aは、日本で記者会見を開き、乙国の政府・議会は腐敗に満ちており、そのような中から生み出され、実施される乙国の様々な政策は世界の政治・経済に多大な悪影響を与えており、その元凶が乙国大統領であること、また、乙国の政府・議会と緊密な関係を構築して自らの利得に結び付けている乙国の悪徳企業・悪徳経営者が多く存在し、その代表格がHとその社長Iであること等の発言をしている。このようなAの行為はIの社会的評価を低下される行為といえるから、名誉毀損にあたり、通則法19条が適用される。
同条は名誉・信用毀損については結果発生地が明確でないことを趣旨として、被害者の常居所地を連結点としている。そして、Iは乙国に常居所を有している。したがって連結点は乙国である。
また、本件事情の下では乙国よりも明らかに密接な関係がある地があるとはいえないし(通則法20条)、当事者による準拠法の変更もない(同法21条)。さらに、上記のように本件は「不法行為について外国法によるべき場合」に該当し、日本法が累積的適用されるところ(同法22条)、上記のような発言による名誉毀損は日本法においても民法709条及び同723条の適用があり不法となるといえるから通則法22条の適用によっても請求は否定されない。
したがって@についての準拠法は乙国法と日本法の累積的適用である。
3.Aについて
Aについて、Iは上記のAの発言によるH社の名誉や信用毀損が生じたことそのものについての損害賠償請求をしているのではなく、Aの発言により丙国でのビジネスに支障が生じたことによる損害賠償請求をしていると考えられる。そうすると、通則法19条の連結政策の趣旨が上記のように結果発生地の不明確性にあることからすれば、このように丙国でのビジネスの支障による損害という結果発生地が明確であるA請求については同法19条ではなく、不法行為の一般規定である同法17条に法性決定すべきであると考える。[Iの名誉・信用が毀損されたことによる損害のひとつであり、Aの行為は19条の単位法律関係に該当するのではないでしょうか。その上で、丙国でのビジネスに支障が生じたことによる損害賠償請求については、19条により準拠法とされる乙国ではなく、損害が発生した丙国法による可能性があるか否かを検討することになり、丙国での損害発生をAが通常予見可能であったかも含めて(このような事情を20条で考慮するか否かも一つの問題でしょう。)20条により評価するという筋が考えられます。なお、本件はAの損害賠償請求ですので、Iに生じた損害ではなく、Hが乙国で被った損害により、その社長であるIが被った損害(役員報酬の減少・株式を有していれば株価低下)ですので、丙国との関連性はあまり深くないということもできるように思われます。]
同法17条は不法行為の制度趣旨が社会秩序維持にあること、被害者加害者にとっての中立性、法的確実性の観点から、本文において結果発生地を連結点としている。これによれば、Iは丙国でのビジネスに支障が生じたと主張している以上、丙国において直接的損害が生じているといえ、結果発生地は丙国であるといえる。また、同条ただし書は加害者の国際私法上の利益尊重の観点からその地における結果発生が通常予見できないものである場合には例外的に加害行為地を連結点としている。もっとも、上記Aの発言が世界中に配信されたものであり、Aと同一の立場に立った一般人を基準としても、丙国での上記結果発生は当然に予見し得たといえる。したがって同条ただし書の適用はない。
また、Aの発言により直接的に上記結果が発生していること、Aの発言はAが代表者を務めるCとH社との間の義務に違反したとはいえないことにも照らし、丙国よりも明らかに密接な関係がある地の存在は認められず、同法20条の適用はない。また当事者による準拠法変更が認められないことから同法21条の適用もない。
本件は上記のように丙国法という「外国法によるべき場合」に該当するため、同法22条により日本法が累積的適用される。Aの発言によるビジネスへの支障による損害発生は日本民法に照らしても同709条の適用対象となるものであるから、通則法22条によっても請求は認められる。
以上より、Aについての準拠法は丙国法及び日本法の累積的適用である。 [大西裕紀]