早稲田大学法科大学院2023年度春夏学期
「国際関係私法II(国際私法)」・「国際関係私法III(国際民事訴訟法)」試験問題
ルール
n 文献その他の調査を行うことは自由ですが、この試験問題について他人の見解を求めること、自己の見解を他人に伝えること等は禁止します。AI(人工知能)を利用したソフトウェアその他これに類するものは、文献・裁判例等の検索にのみ利用を許可します。
n 答案作成時間に制限はなく、枚数制限もありませんが、不必要に長くなく、内容的に必要十分なものが期待されています。
n 答案送付期限は、2023年7月10日(月)20:00です。
n 答案は下記の要領で作成し、提出して下さい。
o 国際関係私法II(国際私法)2単位と国際関係私法III(国際民事手続法)1単位とに関する試験問題が混在していますので、前者の科目の受験者は国際私法と数字の表示のある青字の問題について、後者の科目の受験者は国際民訴と数字の表示のある緑字の問題ついて、それぞれ答案を作成してください。
o 答案は、電子メールに添付して、[email protected]宛に送付して下さい。
o 両科目を受験する場合には、それぞれ別の答案を作成して、別の電子メールで送って下さい。
o メールの件名は、必ず、それぞれ「国際私法2023」・「国際民訴2023」と記載して下さい。
o 答案は、マイクロソフト社のワード又はこれと同等のもので、A4サイズの標準的なページ設定にし、10.5ポイントの読みやすいフォントを使用して下さい(この文書のフォントはMeiryo UI)。最初の行の中央に「国際私法2023」等、次の行に右寄せで学生証番号と氏名を記載して下さい。必ず頁番号を中央下に付けて下さい。注を付ける場合には脚注にして下さい。全体として読みやすくレイアウトして下さい。
n 判例・学説を参照した際にはそれらの引用が必要です。他の人が検証できるように正確な出典を記載して下さい。
n 答案の作成上、より詳細な事実関係や外国法の内容が判明していることが必要である場合には、適切に場合分けをして解答を作成して下さい。
n これは、成績評価のための筆記試験として100%分に該当するものにするものです。
n 以下の問題につき、日本の裁判官又は弁護士の立場で、事案の発生時点がいつであれ、すべて現在の法の適用に関する通則法、民事訴訟法、人事訴訟法、家事事件手続法、民事執行法(以下、それぞれ「通則法」、「民訴法」、「人訴法」、「家事法」、「民執法」という。答案において同じ。)等のもとで検討して下さい。
n 「国」という場合、地域的不統一法国については、文脈により、国の一部の法域も含みます。また、登場するいかなる外国法からの反致も成立しないものとします。遅延利息等について考慮に入れる必要はありません。
n 全体のストーリーは一貫したものですが、各問題は相互に独立しており、一の問題文中の状況等の記載は当該問題についてのみ存在するものです。
甲国生まれの甲国人男性Aは、乙国(乙@州と乙A州からなる地域的不統一法国)の大学院に在学中、乙国の一地域である乙@州を旅行で訪れた際に乙@州生まれの乙国人女性Bと出会い、婚姻した。そして、大学がある乙A州でA・Bの婚姻生活が始まり、6か月後に甲乙二重国籍の子Cが出生した。
Cの出生直後、甲国が乙国に軍事侵攻し、戦争が勃発した。まもなく乙国内では甲国人の活動に対する規制が始まり、Aの身の危険も懸念されるようになった。そこで、A・B・C(この時点で生後1か月)は、国際人権保護団体の支援により乙国を密かに出国し、いくつかの国を経由して、日本への入国することができ、無条件の在留が認められた。これは甲乙戦争に伴う日本政府の特別措置によるものであって、A・B・Cは難民認定を受けていない。
A・Bは日本での生活が5年となり、それぞれ日本にある外国語学校の甲国語・乙国語教師としての職を得て安定した生活を営み、一家は日本での生活になじんでいった。そのような中、Bは、日本入国に際して世話になった上記の国際人権団体の日本支部職員である日本在住の日本人男性Dと性的関係を持つに至った。Dには日本人妻Eがいる。
なお、甲国・乙国の二重国籍のCは、甲国に行ったことはなく、乙国との関係は乙A州で出生から約1か月住んでいただけである。Bは、出生からAとの婚姻まで25年間乙@州で生活しており、乙A州で生活したのは、Aとの婚姻後、乙国出国までの約7か月の間だけであった。乙@州と乙A州とは歴史・文化・主な宗教等が異なり、Bは乙A州の生活に馴染む努力を始めたばかりであった。
国際私法1:甲国も乙国の乙@州・A州も裁判離婚しか認めておらず、離婚後の単独親権者の指定も裁判によって決定することとなっているにもかかわらず、A・Bは、日本で協議離婚をし、5歳になったCの親権者をA・Bの合意によりBとすることとし、これを実行しようとしている。これは可能か。
離婚の準拠法は通則法27条本文により定まるところ、A・Bの本国法は同一ではないが、ともに日本での生活が5年間であり、職業を得て生活していることから、両者ともその常居所地は日本であり、日本民法763条により協議離婚が認められる。
他方、子の親権者の指定については、かつては離婚の準拠法によるとの見解もあったが、夫婦の利害の対立を解決するのに相応しい地の法ではなく、子の福祉を判断するのに相応しい地の法によるべきであるとされ、現在では離婚の際の子の親権者の指定は通則法32条により定まる準拠法によるとされている。そこで同条の適用上、まずCの本国が問題となる。通則法38条1項によれば、国籍を有する甲国・乙国いずれにもその常居所はないので、いずれが最も密接な関係がある国かによるところ、乙国で出生し、1か月間は乙国で生活していたことから、Cの本国法は乙国法である。Cと甲国人Aとは本国を異にするので、CとBとの本国は同一か否かが次に問題となる。この点、乙国は地域的不統一法国であるので、通則法38条3項により、乙国のいずれの地域がB・Cが本国かを検討する必要がある。乙国には乙国人の本国がいずれの地域かが問題となった際に適用すべき地域の法を定める規則は存在するとはされていないので、同項括弧書きが定める「当事者に最も密接な関係がある地域」がいずれの州かにより本国を定めることになる。まずCは乙A州で出生し、そこで1か月生活していたのに対し、乙@州はそのような関係はないので、乙A州法がCの本国法である。これに対して、Bは乙@州で出生後25年間はそこで生活をし、乙A州で婚姻生活を始めたものの、その地での生活は1か月に過ぎず、歴史・文化・主な宗教等が異なる乙A州に馴染む努力は始めていたものの、乙@州に比べて乙A州がより密接な関係がある地域とはいえず、Bの本国法は乙@州であることになる。その結果、CとBの本国法は同一でないことから、Cの常居所地法によることになる。Cは1か月少しで来日以来5年間は日本で生活しており、Cの常居所地法は日本法であり、日本民法766条1項により、A・Bは協議離婚の際にCの親権者につき協議により定めることができる。
以上により、A・Bの協議離婚は可能であり、A・Bの協議によりCの離婚後の親権者を定めることも可能である。
Bは、Aとの離婚の日から90日後、日本で子Fを出産した(乙国の国籍法により母が乙国人であることからFには乙国国籍を与えられている。)。DはFを認知しようと考えている。なお、甲国法も乙国の乙@州法・乙A州法も、嫡出推定を含む嫡出・非嫡出の制度について、「民法等の一部を改正する法律(令和4年法律第102号)」の施行後の民法と下記の点を除き全く同じルールを有している。他方、甲国法にも乙国の乙@州法・乙A州法にも、父による子の認知の場合には、当該子の直系尊属の生存者中の最年長の男性の同意(認知される子の福祉に繋がる認知であるか否かを基準に同意するか否かを決定しなければならないと定められている。)を要するとのルールがある。これに該当する男性G(乙国人)は甲乙戦争勃発前には生存していたことは確かであったが、両国軍が一進一退を繰り返している乙@州の甲国との国境に近い地域に居住にしていることから、たとえGが生存しているとしても、DによるFの認知につきGの同意を得ることは極めて困難な状況にある。
国際私法2:DがFを認知するには、いずれの国の法により、どのようなことをすればこの認知ができるか。
子の認知は非嫡出親子関係の成立に関する通則法29条により定まる準拠法による。しかし、同条を適用するには、同条が「嫡出でない子の親子関係の成立は」と定められている通り、当該子が嫡出子でないことが必要である。このことは、通則法施行前の時代のものではあるが、最高裁平成12年1月27日(民集54巻1号1頁)が判示している。すなわち、「親子関係の成立という法律関係のうち嫡出性取得の問題を一個の独立した法律関係として規定している旧法例一七条、一八条の構造上、親子関係の成立が問題になる場合には、まず嫡出親子関係の成立についての準拠法により嫡出親子関係が成立するかどうかを見た上、そこで嫡出親子関係が否定された場合には、右嫡出とされなかった子について嫡出以外の親子関係の成立の準拠法を別途見いだし、その準拠法を適用して親子関係の成立を判断すべきである」と判示されている。
そこで、本件においてFが嫡出子であるか否かを定めるべく、通則法28条により定まる準拠法を適用する必要がある。同条の定める「夫婦」とは、理論上は世界中のあらゆる夫婦であり、そのすべてについてFが夫婦の嫡出子か否かが問題となるものの、本件でその点をチェックすべき夫婦は、FはBがAとの離婚後90日後に出産していることから、A・B夫婦である(念のために、D・Eの日本人夫婦の嫡出子か否かをチェックするとしても、通則法28条により適用される日本法上、DがFを出産しているわけではないので、D・E夫婦の嫡出子ではない。)。Aの本国法は甲国法であり、Bの本国法は既述の通り乙@州法であるところ、いずれも嫡出推定については、「民法等の一部を改正する法律(令和4年法律第102号)」の施行後の民法と全く同じルールを有している。それによれば、FはBがAとの「婚姻の解消・・・の日から三百日以内に生まれた子」であるので、「妻が婚姻中に懐胎した子」であり、夫であるAの嫡出子と推定される(日本民法772条1・2項に対応する甲国法・乙A州法)。そのため、DがFを認知するためには、まず、令和4年法律第102号により新設される民法774条・775条と同じ内容の甲国法・乙A州法の双方の法により、父(A)・親権を行う母(B) (子(F)は未成年とする。)のいずれかが嫡出否認の訴えを提起し、FがAの嫡出子ではないことを確定させる必要がある。
その上で、DがFを認知することになるところ、通則法29条によれば、父による子の認知は、@子の出生当時の父の本国法(同条1項第1文)、A認知の当時における父の本国法(同条2項第1文)、B認知の当時における子の本国法(同)、以上のいずれかの法により認められれば認知することができる(選択的連結)。本件では、@は、Dの本国法である日本法、Fの出生時と認知時でのDの本国法の変更はないので、Aも日本法である。これに対して、Bは、Fの本国法である乙国法である。乙国は地域的不統一法国であるものの、乙@州も乙A州も非嫡出制度については同じ内容であることから、いずれの地域を本国とするかを決定する必要はないが、あえて決定すれば、通則法38条3項により、母Bの本国が乙@州であることがFと乙国との唯一の関係であることから、乙@州法がFの本国法であると解される。
ところで、@・Aの日本法による場合、通則法29条1項第2文により、「認知の当時における子の本国法によればその子又は第三者の承諾又は同意があることが認知の要件であるときは、その要件をも備えなければならない」(セーフガード条項)とされているので、乙@州法上のこのような要件の具備が必要である。また、Bの乙@州法による場合も同じくその要件の具備は必要である。そこで乙@州法をみると、父による子の認知の場合には、当該子の直系尊属の生存者中の最年長の男性の同意を要するとのルールがあるので、この同意がなければDによるFの認知は認められないことになる。
しかし、甲乙戦争中であり、現時点でこの男性に該当するGがDによるFの認知に同意することを確認できないからといって、この認知を認めないということが通則法42条の定める公序違反にならないかを検討する必要がある。この外国法の適用結果に対する公序則の発動は、日本との密接関係性の度合いと日本の適用結果と比べた異常性との相関関係により判断すべきである。まず、関係性については、日本に常居所を有する日本人であるDによる日本に常居所を有するFの認知は日本と密接に関係するものである。次に、適用結果の異常性については、日本法が適用されればDによるFの認知は認められるべきであるのに、乙@州法によれば認められないことは、180度異なる結果である。さらに、本件について具体的に見れば、Dには配偶者Eがあり、B・FがDと一緒に生活することはできないかもしれないが、Dによる認知がFの福祉に反するとは考えらなられず、逆に、Dの認知による日本国籍の取得、扶養や将来の相続のことを考えると、この認知はFにとってプラスであると考えられる。以上により、セーフガード条項により(@・Aの場合)又はBにより適用される外国法である乙国法の適用結果は日本の公序に反すると解される。
以上のことから、DがFを認知するには、まず、令和4年法律第102号により新設される民法774条・775条と同じ内容の甲国法・乙A州法により、父(A)・親権を行う母(B)のいずれかが嫡出否認の訴えを提起し、FがAの嫡出子ではないことを確定させ、その上で、日本法、又は認知について子の直系尊属の生存中の最年長の男性の同意を要する点を除く乙@州法(日本法と同じ内容である。)により、Dは日本法が要求するところに従って認知をすれば足りる。
Aは、Bとの離婚後、単身で丙国に移住したが、Cの養育費をBの指定する日本の銀行口座に送金し続けていた。離婚から1年後、AはCと会いたい旨Bに申し入れ、Bはこれに難色を示した。
国際私法3:日本で裁判になる場合(国際裁判管轄は認められるとする。)、AとCとの面接交渉の準拠法はいずれの国の法か。
親子の面接交渉の準拠法は、子と親権を有しない親と間の面接交渉の可否、可の場合の条件等は、当該親だけではなく、親権を有する親としても重大な関心事項であることから、両親が生存中であれば、子と両親の三者関係の問題であって、通則法32条の単位法律関係である「親子間の法律関係」に含まれると解される。本件では、国際私法1の問題に対する回答において記述した通り、Cの本国法は乙A州法、Aの本国法は甲国法、そしてBの本国法は乙@州法であるので、通則法32条の定める第1段階では準拠法は決まらず、第2段階のCの常居所地法すなわち日本法がAとCとの面接交渉の準拠法となる。
AとCとは結局1度会うことができただけであった。その後、B・C・Fの3人の日本での生活中、6歳になったCが幼いFをいじめ、児童相談所の訪問を受ける事態となってしまった。そこで、Bは、乙国の乙@州の実家にいる両親と相談し、Cを乙@州にある全寮制のH小学校(教育・寮生活はもっぱら乙国語による。)に入れた。Aは、BからCの生活の変化を全く知らされず、CのH小学校入学から3年が経過した頃(Cが9歳の頃)、ようやくCがひとりで乙国に住んでいることを知った。既にCは乙国で3年を過ごしており、CのH小学校入学直後にB方の祖父母が甲乙戦争により死亡してしまったこともあり、長期休みの期間中も寮生活を続け、乙国を全く出ていない。
そこで、Aは自分がCを監護養育すべく、日本の裁判所にCの親権者のBからAへの変更を申し立てた。なお、甲国人であるAは戦争相手国である乙国には入国することができない。
親権者変更申立ては、家事法別表2の8項に定められており(根拠となる法律の規定として、民法808条2項及び817条において準用する同法769条2項が挙げられているが、これは国内事件を想定したものであって、国際的な事件において外国法が根拠なる場合を排除するものではないと解される。)、その国際裁判管轄は、家事法3条の8の定めによることになる。これによれば、子の住所(住所がない場合又は住所が知れない場合には、居所)(以下「住所等」という。)が日本国内にあるときは、管轄権を有するとされている。したがって、本件では、Cの住所等が日本国内にあるか否かが問題となる。この点、Cは生後約1か月して来日し、その後日本において6歳になるまで生活した後、乙国の全寮制のH小学校に入学し、それから約3年間乙国内で生活しているところ、Cの住所等がなお日本にあるのか、それとも乙国に移ったのかが問題となる。[ここから下記のA案とB案があり得る。]
*A案:そこで検討するに、現在9歳のCが乙国で生活しているのはH小学校で学ぶためにほかならず、確かにここ3年間は乙国外には出ていないが、日本への帰国の可能性は十分に残っており、乙国が生活の本拠とまでは言えないと解される。その結果、家事法3条の8により、本件の親権者変更申立てについて日本の裁判所に国際裁判管轄がある。もっとも、実際にはCは乙国にいることから、日本での裁判においてCの状況の把握は困難となることが予想される。そのため、家事法3条の14の適用上、「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが適正かつ迅速な審理の実現を妨げ・・・ることとなる特別の事情」があると認められるときに該当しないかが問題なる。特に、未成年であると考えられるCの利益を考慮する必要がある。しかしながら、仮に同条により日本の裁判所の国際裁判管轄を否定するとすれば、Cの親権者の変更の裁判はCのいる乙国においてするほかないと考えられるところ、甲乙戦争のため、甲国人であるAは乙国には入国できない状況であることから、Aの裁判を受ける権利を否定する結果となることが予想される。以上のことから、家事法3条の14の適用はなく、Aによる親権者変更申立てについて日本の裁判所は国際裁判管轄を有するとの結論に至る。
*B案:そこで検討するに、Cの乙国での生活は既に3年間に及び、日本でB・Fが生活している状態においてCの日本への帰国は当分の間ないと考えられること、Cは乙国語で教育・寮生活が行われている以上、日本語能力その他日本との関係は疎遠になっていると考えられること等から、Cの住所は乙国・乙@州にあると解される。そうすると、家事法3条の8によれば、本件のAによるCの親権者変更申立てについては日本の裁判所は国際裁判管轄を有しないということになる。もっとも、だからといって訴えを却下してよいか否かについてはもう一段の検討を要する。すなわち、仮に日本の裁判所の国際裁判管轄を否定するとすれば、Cの親権者の変更の裁判はCのいる乙国においてするほかないと考えられるところ、甲乙戦争のため、甲国人であるAは乙国には入国できない状況であることから、Aの裁判を受ける権利を否定する結果となることが予想される。つまり、Aにとっては日本以外で本件申立てをすることはできない以上、裁判の拒否・正義の否定を避けるため、明文の規定はないものの、緊急的な措置として日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定する必要があると考えられる。このような緊急管轄という発想は、人訴法・家事法に国際裁判管轄規定が置かれる前の時代に最高裁平成8年6月24日判決(民集50巻7号1415頁)が示したものであり、それまでの判例法理では国際裁判管轄を肯定することができない事実関係ではあったものの、国際裁判管轄を肯定することが条理にかなうというべきであると判断している。憲法32条のもと、本件のような事情に照らすと、Aの親権者変更申立てについて日本の裁判所は国際裁判管轄を有するとの結論に至る。<日本の国際裁判管轄を否定するという結論でも構わない。>
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ところで、丙国に移住したAは、インターネットを介した有料サービス(以下「本件サービス」という。)を提供をする丙国法人P社を設立し、その事業は急速に成長していった。本件サービスは言語に依存することから、言語域ごとに子会社の設立又は外国会社との提携により世界展開を進めていった。P社は、日本語顧客の獲得のため、日本法人Q社との間で業務提携契約(以下「本件業務提携契約」という。)を締結した。本件業務提携契約には、次のような条項が含まれている。
@
P社の本件サービスのプログラムを提供し、Q社はこれをもとに日本語版を作成すること(以下その日本語版のプログラムにより提供されるサービスを「本件日本語サービス」という。)、
A
本件日本語サービスの宣伝広告活動、本件サービスの更新に伴なう本件日本語サービスの更新、その他本件日本語サービスに係る営業活動は、P社の承認のもとにQ社の費用で行うこと、
B
本件日本語サービスの顧客はQ社との間でそのサービスの利用に関する契約(以下、「本件利用契約」という。)を締結するが、本件利用契約の内容についてはP社の承認を要すること、
C
本件日本語サービスの顧客は月々の利用料をクレジット・カードにより円でQ社に支払い、毎月10日に、前月の利用料総額の50%をQ社からP社に支払い、残りの50%はQ社の取り分とすること。
本件業務提携契約は、P社が外国会社と提携して事業を行う場合に用いる定型的な契約雛型をもとに、日本法人を業務提携の相手方とするために必要な最小限度のアレンジをしたものであって、契約書の用語は丙国語である。
通則法7条には法律行為(本件の契約はこれに含まれる。)の準拠法の決定について、明示の準拠法指定のみに限るとの文言はなく、当事者の意思を尊重して準拠法を決定しようという同条の趣旨に照らしても、黙示の準拠法指定でもよいと解される。そのため、本件の場合、@通則法7条の黙示の準拠法指定があればそれにより、Aそれがない場合には、通則法8条によって準拠法を判断することになるところ、まずはAの通則法8条によればいずれの国の法が準拠法となるかを判断し、しかる後に@に移り、それと異なる準拠法を指定する当事者の黙示の意思があるということができるか否かを判断するという方法をとることとする。この方法のメリットは、@の判断において比較対照すべき地が明確になることから、判断を効率的かつ的確に行うことができる点にある。
そこで、まずAの作業を行う。本件業務提携契約には、通則法8条3項には該当せず、また、いずれかの一方の債務が契約を特徴づけるような単純な典型契約でないことから、同条2項によることはできず、同条1項によることになる。本件において関係がある地は丙国と日本であるところ、丙国との関係としては、(i)P社の本件サービスのプログラムが本件日本語サービスにおいても元となっていること、(ii)本件業務提携契約はP社が外国会社と提携して業務を行う場合の定型契約の雛型がベースになっていること、(iii)本件業務提携契約書の文言は丙国語であること等を挙げることができる。他方、日本との関係としては、(ア)本件業務提携契約の実施は日本語版のサービスの顧客への提供であること、(イ)日本語を用いる顧客のほとんどは日本在住者であること、(ウ)本件日本語サービスの顧客はQ社に対して円で利用料を支払うこととされていること等を挙げることができる。これらを総合すると、本件業務提携契約に最も密接に関係する地は丙国であると考えられる。というのは、上記(ウ)の事情は顧客の多くが日本在住者であることが想定されることから顧客にとって受け容れやすい仕組みとするためのことであって、P社・Q社間の問題とは言えず、(イ)に含まれる事情であると考えられ、そうすると、比較すべきは、(ア)・(イ)の事情と(i)から(iii)の事情とであるところ、(ア)・(イ)の事情が(i)から(iii)の事情を上回るとは考えられない。そうすると、本件業務提携契約について当事者の黙示による準拠法指定がないとすれば、通則法8条1項により丙国法が準拠法となると解される。
その上で、既述の通り、当事者が、丙国以外の地の法を黙示的に指定したと認定できるかというと、むしろ世界中でビジネス展開をしているP社としては業務提携先ごとに異なる契約を締結することは避けたいと考え、他の外国の会社との業務提携をする場合の丙国語の契約雛型をベースに用いていると考えるのが自然であり、準拠法が相手先の外国会社ごとに異なるものとする意思があったという認定はできないと考えられる。
以上により、本件業務提携契約の準拠法は丙国法である。
Q社は本件日本語サービスの顧客増加のため様々な営業活動を行い、当該サービス開始後10年後、本件日本語サービスの売上げはP社の丙国語ビジネスに次ぐ世界2位の規模となった。これを受け、P社は、本件業務提携契約を解除して、P社の100%出資による子会社を日本に設立し、これを通じたビスネスに移行させることを目論むようになった。本件業務提携契約は1年毎の自動更新であり、解約には6か月の予告期間を置くことと、1億円の固定額の解約金(本件日本語サービスの経済的価値は現時点で500億円を下らないとされており、当初のP社・Q社間の力関係を反映して極めて低額な解約金となっている。)をP社がQ社に支払うのと引き換えに、Q社からP社に本件日本語サービスに係る一切のデータ・権利等を譲渡することを定めた条項がある。P社内での本件業務提携契約解約に関する検討過程において、日本の弁護士から、日本の裁判例には、継続的契約については約定通りの条件での解除を容易には認めないものが少なくなく、また、損害賠償額の予定についても無制限に有効とされるわけではないことから、解除自体についても解約保証金の額についても、Q社との間で相当なトラブルが予想されるとのメモランダムが提出された。
国際私法5:本件業務提携契約には、準拠法は丙国法である旨の明文の規定があるとする。にもかかわらず、上記のメモランダムは日本法の適用を前提としている。P社による当該契約の解除に関連して日本法が適用されることはあるか。あるとすればどのような事項について、どのような理由からか。
契約の準拠法の決定については、当事者自治を認めるのが世界の大勢であるものの、歴史的には量的制限論や質的制限論が唱えられ、前者については明文の規定で選択できる地を限定する国際私法も存在がある。しかし、日本ではこれらの例外は排除され、通則法7条(9条も同じであるが、以下では9条には触れない。)は、いずれの地の法であっても指定することができ、また、通常の意味での強行法規は準拠法決定後にその準拠法上のそれが適用されると解されている。しかし、いわゆる絶対的強行法規については、EUの規則において明文でoverriding mandatory rulesの適用がある旨の規定が置かれていることもあり、通則法には明文の規定はないものの、日本でも、少なくとも日本の絶対的強行法規については、その適用を否定するものではないと解されており、かつ、いくつかの裁判例においても、その適用はあることが判示されている(東京地裁昭和40年4月26日決定、東京地裁平成16年2月24日判決判時1853号38頁、東京地裁平成19年8月28日決定判時1991号89頁等)。絶対的強行法規とは、公法とまではいない性質の法であるが、その適用については国際私法に委ねることなく、自らその地域的適用範囲を有するものであって、準拠法になった場合にのみ適用される通常の強行法規(絶対的強行法規との対比で、相対的強行法規とも呼ばれる。)よりも強く公的目的を有する法規であるとされている。
そのため、本件において、本件業務提携契約に置かれた準拠法条項によれば丙国法による旨明記されていても、それをオ−バーライドして日本の絶対的強行法規の適用はあり得る。本件において問題となるのは、@継続的契約に関する裁判例に基づく解除権の制限があり得るかと、A極端に低額の損害賠償額の予定に関する民法420条1項から、裁判所による変更はできない旨の旧法の規定を削除した現行民法上は変更があり得るかである。これらが日本法の体系において、絶対的強行法規ということができれば、本件において、解除そのものと解除に際しての損賠賠償金の支払いについて、日本法の介入があり得るということになる。<前者については、日本法上明文の定めがあるわけではなく、特別に強い公益が反映される規範が存在すると認定することは困難であるが、後者については日本法によりQの増額請求が認められる可能性はあるように思われる。>
そのような中、本件日本語サービスの想定外の挙動により、本件日本語サービスの顧客1000万人の一部である1万人の個人情報がインターネット上に拡散するというトラブルが発生した(以下、「本件情報漏れトラブル」という。なお、本件サービス及び他の言語版のサービスではそのような被害は生じていない。)。Q社と本件日本語サービスの顧客との間の本件利用契約には、P社の意向により、次のような条項が含まれている。
(a)
本件日本語サービスを利用することによって何らかの損害が顧客に発生した場合、Q社は5 丙国ドルに相当する日本円(500円)の損害賠償金を当該顧客に支払うこと、
(b)
本件利用契約の準拠法は丙国法であること、
(c)
本件利用契約をめぐる全ての紛争についての訴訟は、丙国の首都を管轄する第一審裁判所の専属管轄とすること。
甲国在住のRは、日本語に堪能なことから本件日本語サービスの本件利用契約をQ社との間で締結し、支払いは日本で発行されたクレジット・カードを用いて支払ってきた。Rは、甲国で著名なインターネット上の人物であり、その情報発信活動により相当な収入を得ていたところ、本件情報漏れトラブルの被害者1万人に含まれてしまい、丙国国籍を有することを含む個人情報が公となってしまった。丙国は甲乙戦争で乙国に軍備の支援していることから、Rの甲国での人気は急落し、情報発信活動からの収入はほぼゼロにまで落ち込んだ。そこで、Rは甲国においてQ社に対する損害賠償請求訴訟を提起した。Q社は下記(A)から(D)を含む全ての争点について争ったが、甲国裁判所は、Q社はRに800万甲国ドル(8億円)支払えとの判決を下し、確定した(以下「本件甲国判決」という。)。本件甲国判決には、以下の判示事項を含んでいる。
(A) 本件利用契約は消費者契約であること、
(B) 同契約の上記(c)の専属管轄条項は、甲国の国際裁判管轄ルールによれば認められず、消費者である顧客の住所地国である甲国には管轄があること、
(C) 甲国の国際私法上は消費者契約についての当事者自治は一切否定されているので、上記(b)の準拠法条項は無効であり、準拠法は消費者であるRの常居所地法である甲国法であること、
(D) 上記(a)の損害賠償額の予定は、甲国法によれば消費者にとって不当であって無効であるので、実際の損害額200万甲国ドル(2億円)の賠償請求を認め、さらに、上記(B)及び(C)のような不当な条項を消費者契約に置くという悪性の強さに鑑み、追加で600万甲国ドル(6億円)の懲罰的損害賠償金の支払いをQ社に命ずること。
そして、RはQ社に対して本件甲国判決に基づく執行判決請求訴訟を日本の裁判所に提起した。これに対して、Q社は、様々に争っているところ、民執法24条5項により適用される民訴法118条1号の要件具備につき、次のように主張している。すなわち、確かに民訴法3条の7第5項及び3条の4第1項だけに照らせば日本でも上記の(B)と同じ判断になるが、本件日本語サービスは全てオンライン上で完結するものであり、かつ、Rが日本で発行されたクレジット・カードで利用料金を支払っていることから、Q社としてはRが甲国在住であることは認識することができなかったという事情があり、そのような場合にまで管轄を認めることは消費者契約をする事業者にとって余りに酷であり、応訴を強いることは事業コストの上昇を招き、消費者全体の利益に反することから、日本では民訴法3条の9により訴えが却下されるべき場合であったとの主張である。そして、証拠によれば、確かに、外国在住者を顧客とすることのプラスとマイナスを評価し、外国居住者からの本件利用契約の申込みには応じないことをQ社の社内で決定し、本件日本語サービスのサイトにはこのサービスが日本在住者のみを対象とするものであるの旨記載していた。しかし、本件日本語サービスのプログラムには、日本在住か外国在住かをチェックし、外国在住者からの本件利用契約の申込みには応じないようにする仕組みは実装されていなかった。
国際民訴2:本件甲国判決は民訴法118条1号の要件を具備していないとの上記のQ社の主張は認められるか。
民訴法118条1号は、日本法に照らして、判決を下した外国裁判所の裁判権及び国際裁判管轄の肯定を認めることができることを外国判決承認の一要件とするものである。その基準については、学説上、日本の民訴法等の国際裁判管轄規定と同一であるべきであるとの見解(鏡像理論)と、外国裁判所の国際裁判管轄は日本の規定の適用よりも緩和された基準で評価してよいとの見解とがある。この点、最高裁は、「基本的に我が国の民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、外国裁判所の判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判断すべきものと解するのが相当である」と判示しており(最高裁平成26年4月24日民集68巻4号329頁)、後者の考えに立っていると考えられる。もっとも、この最高裁判決は、事案への当てはめとしては、民訴法の定める国際裁判管轄規定をそのまま適用しており、どの程度緩和する趣旨かは定かではない。
そこで、とりあえず、本件において甲国裁判所が国際裁判管轄を肯定した事案が、日本の裁判所において係属した場合に日本法に照らすとどのように国際裁判管轄の判断がされるかを検討する。まず、Rが民訴法3条の4第1項の定める「消費者」か否かが問題となる。この点、Rはインターネット上での情報発信を業としているようであるが、Rが本件日本語サービスの契約をQとの間で締結したのは「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合」(同条が消費者から除外する一場合)に該当するとの事実は見たらない。そのため、同項に照らすと、Rは消費者であって、同項の定めるルールに従って、国際裁判管轄の有無が判断されることになる。そして、同項は、「訴えの提起の時又は消費者契約の締結の時における消費者の住所が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる」と定めており、これを本件の甲国裁判所に当てはめると、訴え提起の時にも消費者契約の締結の時にもRの住所は甲国にあったことが認められるので、甲国裁判所の国際裁判管轄の肯定は是認することができることになる。
もっとも、Q社は、民訴法3条の4第1項により国際裁判管轄が肯定されるとしても、日本の裁判所であれば、同法3条の9により国際裁判管轄が否定されるべき場合であった旨主張している。この点、そもそも、民訴法118条1号の要件の判断において、同法3条の9も考慮すべきかが問題となるところ、この規定もその文言上、国際裁判管轄ルールの一部を構成するものであるということができる。また、日本の裁判所であれば、同条により管轄を否定したであろう場合に外国裁判所が管轄を肯定したとすれば、それは当該外国の「裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるとき」であるということになり、そのような外国判決の効力を日本で認めることはできないと考えられる。以上により、民訴法3条の9も含む日本の国際裁判管轄ルールに照らして甲国裁判所が国際裁判管轄を肯定したことを是認できるか否か判断すべきである。
そこで、甲国裁判所に係属した事案が日本の裁判所に係属した場合に、民訴法3条の9による特別の事情があるという判断がされたか否かを検討するに、管轄を否定する方向に働く要素としては、Q社としては、Rのような外国居住者からの本件利用契約の申込みには応じないこととしており、本件日本語サービスのサイトにはこのサービスが日本在住者のみを対象とするものであるの旨記載されていたという点を挙げることができる。しかしながら、本件日本語サービスのプログラムには本在住か外国在住かをチェックし、外国在住者からの本件利用契約の申込みには応じないようにする仕組みは実装されていなかったとのことであり、消費者契約を締結する際に消費者が事業者が記載している注意書きの全てを読み、理解し、それに従うことを期待することは経験則上できないというべきであって、そのような社内決定に従った記載をしていたにも拘わらず、外国居住のRがQ社と契約したことがQ社に有利に働く特別の事情であるということはできない。
したがって、本件甲国判決は民訴法118条1号の要件を具備していないとのQ社の主張は認められない。
その後、Rは、Q社が甲国内に1000万甲国ドル(10億円)を超える財産を有していることを発見し、甲国内でこの財産に対する強制執行により本件甲国判決債権の100%の満足を得ることができた。これに対して、Q社はRに対する不当利得返還請求訴訟を日本の裁判所に提起した。
国際民訴3:日本の裁判所の国際裁判管轄は認められるとして、本案に関するQ社の請求は認められるか。Q社は、本件甲国判決のうち、少なくとも懲罰的損害賠償を命ずる部分は民訴法118条3号の要件を具備せず、日本では効力が認められないことから、日本から見れば当該賠償請求債権が存在するものとはみることができず、この部分について甲国においてRが弁済を受けたことは法的根拠を欠く財産移転と評価せざるを得ないところであり、Q社はRに対して600万甲国ドルに相当する6億円の不当利得返還請求権がある旨主張している(Q社は、この主張の根拠として最高裁令和3年5月25日判決(民集75巻6号2935頁)を引用している。)。これに対して、Rは、上記の最高裁判決は外国での強制執行分について不当利得返還請求を認めるとまでは判示しておらず、甲国内での甲国の主権行使としての本件甲国判決の執行につき、日本の裁判所がこれを法律上の原因を欠くと評価して不当利得返還請求を認容することは許されないと主張している。
Q社が引用している最高裁令和3年判決は、カリフォルニア州の裁判所が填補賠償に加えて懲罰賠償の支払いを命ずる判決を下し、その一部が同州において執行され、残りの部分の日本での執行を求める訴えが提起された事件において、同州で執行されたのが填補賠償部分か懲罰賠償部分かが不明であるという前提のもと、「懲罰的損害賠償部分は我が国において効力を有しないのであり、そうである以上、上記弁済の効力を判断するに当たり懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず、上記弁済が懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されることはないというべきであ」ると判断し、執行済みの額を差し引いてもなお填補賠償額が残る場合であったことから、その残った額の日本での執行のみを認めたものである。Q社の主張は、この最高裁判決に照らすと、判決国において懲罰賠償部分を含む全額の賠償がされた場合には、その懲罰賠償部分は日本から見れば不当利得になるので、日本で不当利得返還請求ができるという主張である。
Rは、まず、上記の最高裁判決は不当利得になるとまでは判断していていないと主張しているが、この点は、懲罰賠償部分に係る債権は存在するとみることができないという最高裁判決の判示から論理的に導かれる帰結であるというQ社の主張を直ちに否定することはできないように思われる。
次に、Rは、甲国内での甲国の主権行使の効力を否定することはできないはずであるとの主張をしていると解されるところ、これについては、東京高裁昭和28年9月11日判決(高民集6巻11号702頁)は、「第三国の裁判所が外国が形式上適法な手続を経て制定した法律の効力をそのまま認めるべきであるか、又はその有効無効を判断してこれを認めないことができるかについては、従来の各国の判例は積極と消極とに分れていて、まだ外国の法律の効力を無効であると判定し得る国際法上の原則の確立されていない」と判示しているように、そのような領域内での主権行使の効果は否定すべきではないとの議論ができるように思われる。
また、Rの主張の最後の点は、主権行使という点を度外視しても、本件の甲国での利得が不当利得になるか否かは、通則法14条によれば、その原因となる事実が発生した地の法によるとされており、本件におけるこの原因事実発生地は甲国であり、甲国法上適法な利得であるので、不当利得に当たらないという主張であると解され、この観点からも、Rの主張は是認できるように思われる。
Q社は、本件情報漏れトラブルの原因究明を進めた。その結果、本件日本語サービスのプログラムの中に本来は必要のない部分が含まれており、それが作動したことで個人情報漏れが発生したこと、そして、その必要ない部分はP社がQ社に提供したオリジナルの本件サービスのプログラムにそもそも存在していたことが判明した。Q社は、(i)本件サービス及び他の言語版では何ら問題を起こしていないこと、(ii)P社はかねてからQ社との契約の解除を画策しており、Q社に不祥事が発生すれば、それを奇貨として容易に解除できる状況になること、(iii)本件情報漏れトラブルの発生直前にP社が本件日本語サービスの管理運営をしている日本所在のQ社のサーバにアクセスした形跡があること等から、本件情報漏れトラブルはP社の意図的な行為によって引き起こされたものであると主張し、P社に対して、Q社が被った損害(個人情報の漏洩があった本件日本語サービスの顧客に対して損害賠償を支払わざるを得ないことによる損害。顧客のほとんどは日本在住であるが、一部は外国在住。)の賠償請求訴訟を提起した。P社は、後述の日本の裁判所には国際裁判管轄がない旨の本案前の抗弁のほか、(i)については、むしろ本件日本語サービスのプログラムに特有の欠陥があったことを窺わせるものであること、(ii)については、全くの邪推であること、(iii)については、P社からQ社のサーバへのアクセスは本件業務提携契約には規定されていないが、同契約の履行確認のために日常的に行っていることであって、Q社が指摘しているアクセスもその一環に過ぎないこと等を主張している。
国際民訴4:本件業務提携契約には、丙国の首都を管轄する裁判所を指定する専属管轄合意条項がある。Q社は、本件不法行為はP社の故意によるものであって、悪性が極めて強いことから、この専属管轄合意の存在を理由にQ社の訴えを却下することは「はなはだしく不合理で公序法に違反する」(最高裁昭和50年11月28日判決(民集29巻10号1554頁)ので、上記の専属管轄合意の効力を認めることはできず、日本は不法行為地であるから、民訴法3条の3第8号により上記の損害賠償請求訴訟について日本には国際裁判管轄がある旨主張している。他方、P社は、そもそもQ社の主張は全く根拠を欠く言いがかりであって、悪性が強いから専属管轄条項の効力は認められないとの主張は失当であり、また、不法行為でない以上、不法行為地管轄を認めることも認めることができない旨主張し、Q社の訴えの却下を求めている。両者の主張の当否について論じなさい。
上記の主張の対立は、第1に、この専属管轄合意は無効かという点、第2に、仮にこの専属管轄合意が無効とされる場合、不法行為地として民訴法3条の8により日本の裁判所の国際裁判管轄が認められるべきかという2つの点についてのものである。
第1に、事業者間でされた外国裁判所を指定する専属管轄合意について、その効力がないとされるのは、民訴法上は3条の7の1項から3項に定める形式要件を欠くときか、4項に定める外国「裁判所が法律上又は事実上裁判権を行うことができないとき」であるが、これらの以外に、Q社が引用している最高裁昭和50年判決が傍論として示した「はなはだしく不合理で公序法に違反する」ときも民訴法は排除していないとされている。しかし、この例外は、当事者の提訴を著しく阻害するような事案と無関係な遠隔の地での提訴を定める場合、日本の公益に係る重要な法令の適用の回避を目的としている場合、日本での判決効の取得が是非必要な事情がある場合において、日本との間で相互の保証を欠くといった事情により、日本で承認・執行ができない判決が下される国の裁判所を専属的に指定しているとき等、手続的な観点からの「不合理」・「公序法」違反に限定すべきであると解される。本件におけるQ社の主張は、P社は故意に個人情報の漏洩を仕組んだという本案に関する事情であり、その主張の当否を判断するためには、本案審理をかなりの程度まで深くするとすれば、P社の日本の裁判所の国際裁判管轄を争う立場に反することになり、逆に、精度の低い事実認定でこのような判断をすることも同じくP社にとって不当な処理であるからである。
したがって、Q社のこのような主張に基づく丙国の裁判所を専属管轄裁判所とする合意の効力を否定することはできない。
そうすると、第2の点を判断するまでもなく、本件訴えは却下されることになるものの、仮に本件の専属管轄合意の効力が否定される場合に日本に不法行為地管轄があると言えるかについて検討する。不法行為のように、本案の審理により判断されるべき法律概念が管轄原因又はその一部である場合、どの程度の精度でその法律概念の成否を判断するかが問題となる。この点、最高裁判例によれば、加害行為の存在、結果の発生、そして両者の間の事実的因果関係があれば、不法行為管轄を肯定してよいとされている(最高裁平成13年6月8日民集55巻4号727頁)。これに対しては、言いがかりのような不法行為請求についてまで国際裁判管轄を肯定することになりかねないとの批判があるところであるものの、以下、この基準によることとする。上記の判例の基準を本件に当てはめると、P社がQ社に本件日本語サービスのプログラムの元となるプログラムを提供したこと及びQ社が管理するサーバにP社がアクセスしたことはP社が認めており、Q社の管理する本件日本語サービスから個人情報漏れが発生したという事実も認めることができる。問題は、P社の行為とQ社での個人情報漏れとの間に事実的因果関係があるということできるか否かであるところ、P社がQ社に提供したオリジナルの本件サービスのプログラムにそもそも存在した不必要な部分が作動して個人情報漏れが発生したとされていることから、これも認めることができる。
そうすると、仮に丙国裁判所を指定する専属的管轄合意の効力が認められないとすれば、Q社のP社に対する損害賠償請求訴訟について日本の裁判所は国際裁判管轄を有することになる。
P社は、日本での上記訴訟におけるQ社の主張は全く根拠を欠くものであって、P社の信用を毀損するものであり、丙国、日本その他の国々においてP社は多大な損害を被っていると主張している。
国際私法6:本件業務提携契約には、裁判管轄に関する条項はなく、丙国法を指定する準拠法条項があるとする。仮にP社がQ社に対する損害賠償請求訴訟を日本の裁判所において提起したとすると、この請求権の準拠法はいずれの国の法か。
P社の主張する不法行為は、Q社の日本での提訴及び裁判上の主張によるP社の信用棄損である。通則法19条によれば、他人の信用を毀き損する不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、被害者が法人等であるには、その主たる事業所の所在地の法によるとされており、P社は丙国法人であって、丙国に主たる事業所があると考えられることから、丙国法によることになる。
もっとも、20条により、明らかにより密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法によることになる。そのようなときか否かを判断するために考慮する事情の例示として、「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」が挙げられており、本件業務提携契約に相手方の信用を毀損してはならない旨の定めはないとしても、Q社の主張はまさに本件業務提携契約に基づく事業において生じた個人情報漏洩事故に関してP社を非難するものであり、上記の例示に準じてよいとも思われる。とはいえ、本件業務提携契約の準拠法は丙国法であり、通則法19条により定まる準拠法を覆すものではない。むしろ問題となるのは、P社によれば、Q社による加害行為の結果は丙国に止まらず、その他の国々でも発生しているという点であり、それぞれの地での信用棄損についてそれぞれの地の法によるということが適切か否かである。この点、上記の通り、丙国法を準拠法とする契約関係にある当事者間の不法行為であることも加味して考えると、通則法19条により定まる丙国法によるとの結論を覆すほどの事情があるとは言えず、全体として、同条の定める通り丙国法によるべきである。なお、丙国法の適用に加え、日本法が不法行為の成立及び効力について累積適用される。