国際私法2023
学籍番号:47232066
氏名:向後 篤
問題1
1 ABは日本で協議離婚を実行できるか検討する。
(1) まず、協議離婚が成立するためには、婚姻関係が成立していることが必要であるが、協議離婚の可否が本問題であり、婚姻関係の成立の可否は先決問題であるといえる。そして、国際私法は渉外的法律関係を各々の単位法律関係に分割して準拠法を決定・適用し、それぞれの結論により全体の解決をはかる構造である。そこで、ある問題が先決問題か否かとは関係なく、法定地の国際私法によって準拠法を決定すべきであると解する(澤木敬郎・道垣内正人、2018、p22)。そして、婚姻の成立についての問題は法の適用に関する通則法(以下、「通則法」という。)24条に法性決定される。以下、24条で選択した準拠法により、婚姻が成立していることを前提に協議離婚の可否について検討する。<問題の趣旨に鑑みれば、このような議論は不要です。>
(2)
協議離婚の可否は離婚の方法の問題であり離婚制度の基本に関わるため、27条に法性決定する。そして27条本文は国際私法において両性平等を実現するために夫婦の共通要素を順次検討していく段階的連結を採用し25条を準用している。また、27条但書は戸籍窓口で夫婦の最密接関係池がどこになるのかという認定が困難であるから、それを回避し戸籍実務の処理の便宜を図ることを趣旨としている。そこで、準拠法の判断は、同一本国法の有無、同一常居所地法の有無、日本人条項の適否、最後に最密接関係地法有無の順で検討する。
(3)
まず、Bは乙国人であるところ、乙国は乙@州法と乙A州法からなる地域不統一法国であるところ、38条3項に従い乙国法の国際私法の存在が本件において不明であるため、当事者に最も密接な関係がある地域の法」(通則法38条3項但書)でBの本国法を決定する。本件において、Bは出生からAとの婚姻まで25年間乙@州で生活しており、乙A州で生活したのはAとの婚姻後、乙国出国までの7ヶ月間だけであり乙A州の生活にBは馴染む努力をしたばかりであったため、最密接関係地は乙@州であり、Bの本国法は乙@州法である。そして、Aは甲国人であるため本国法は甲国法であり、AとBの同一本国法は無い。つぎに、同一常居所地法の有無が問題となるも、常居所とは人が相当期間居住することが明らかな地をいうところ、その判断にあたっては、ある程度の期間の居住や居住状況などの客観的事実及び居住目的等の主観的事情をして総合的に考慮して判断すべきである(澤木敬郎・道垣内正人、2018、p84)。本件において、確かにAとBは日本で5年という比較的短期間とはいえない期間生活しており、日本での生活にもなじんでいた客観的事情がある。しかし、AとBはお互いの出身国である甲国と乙国間で戦争が始まり婚姻生活を送っていた乙国では甲国人の活動に対する規制が始まり、Aの身の危険も懸念されるようになったため、日本に入国した事情がある。そして、両者は難民認定を受けていないため在留が国会の立法に則った法的根拠に基づくものでなく、あくまで甲乙間の戦争という緊急事態に対する日本政府の特別措置によるものであり、甲乙間の戦争の進行状況によってかかる措置がなくなる可能性はある。そのため、日本が相当期間居住することが明らかな地である常居所地とはいえない。また、甲国と乙国は戦時中であるため、AとBが相当期間居住することが明らかな地とはいえない。そのため、両者の常居所地法はない。そして、両者は互いに日本人ではないため、27条但書の日本人条項は適用されない。そこで、夫婦の最密接関係地関係法で準拠法を決定する。この点について、甲国はBが生活した事情はないためBとの関係において最密接関係地といえない。乙@州は、Bは出生からAとの婚姻まで25年間乙@州で生活しているが、Aとの婚姻後は乙A州にAとともに移転しているため、Aとの関係においては最密接関係地とはいえない。そして、AとBが乙A州で生活したのは婚姻から乙国出国までの7ヶ月間だけであり、Bは乙A州の生活に馴染む努力を始めたばかりであるため、AとBの乙A州は最密接関係地とはいえない。一方、AとBは日本での生活が5年という長期間にわたり、それぞれ日本にある外国語学校の甲国語・乙国語教師として職を得て安定した生活を送っており、日本での生活に馴染んでいっている。そのため、AとBにとって、最密接関係地は日本であり、離婚の準拠法は日本による。
(4)
日本民法763条で協議離婚を認めているため、AとBは日本で協議離婚を行える。
(5)
なお、当事者合意に基づく協議離婚は法律行為であり、その方式は身分的法律関係の方式に関する通則法34条によるため、離婚の準拠法及び行為地法の選択的適用となり(同条1項、2項)、いずれも本件において日本法が選択されるため、日本民法764条が準用する739条の方式に従い協議離婚を行う必要がある。
2 ABはCの親権者を合意によってBとすることができるか。
(1) 離婚の際の親権者の指定は、離婚の付随的効果の問題として離婚の準拠法である27条によるべきとする見解がある。しかし、離婚の準拠法は夫婦の同一本国法など、夫婦の利害調整を中心に連結点が定められているところ、親権者の指定は子どもにとって重要な問題であるから子の福祉を基準に考えるべきである。そして、32条は子の本国法など子を中心とした連結点を採用して子の利益に配慮していることから親子間の問題として32条によるべきであると解する(東京地判平2.11.28)。
本件において、子は甲国と乙国の二重国籍であるが、これは重国籍者の本国法はいずれの国の法となるかの問題であるから38条に法性決定し、Cは甲国にいったことはなく、また現在は日本で暮らしているから乙国が常居所であるとはいえない。そこでCの最密接関係地によって本国法を決するが、Cは甲国にいったことはなく、また、乙@州も出生後は生活した事情はない。一方、乙A州は出生から1ヶ月住んでいたことから、乙A州が最密接関係地であるといえる。そのため、乙A州国法がCの本国法である。それを踏まえて、Aの本国法は甲国法、B の本国法は乙@州国法、Cの本国法は乙A州法となり、32条のいう子の本国法は父または母の本国法と同一であるといえない。そのため、子の常居所地法により決する。Cは日本での生活が5年に渡り、日本の生活に馴染んでいっている。また、第一次成長期という子の言語や思想などに大きな影響を及ぼす期間に年齢と同様の年数を日本で生活していることを踏まえると、Cにとって日本は相当期間居住することが明らかな地である常居所地であるといえる。そこで、親権者の決定の準拠法は日本法によると考える。
(2)
また、親権の問題は、子が未成年であることが前提となり、子が未成年であるか否かは未成年者の親権者の指定の先決問題にあたるが、1(1)で述べた通り、法定地の国際私法の国際私法によって準拠法を決定する。そして子が成年であるか未成年であるかは、子が行為能力を有するか否かの問題であることから、通則法4条に法性決定される(澤木敬郎・道垣内正人、2018、p122)。そのため、Cの本国法である乙A州法によってCが未成年であるか否かが決定される。2(1)の親権者の指定の問題は[1]未成年であることを前提であることに留意が必要である。
(3)
以上より、Cが未成年者である場合には、Cの親権者の指定にあたっては、日本民法819条1項に従って協議により決定するため、Cの親権者をA Bの合意によりBとすることは可能である。
問題2
1 DがFを認知するにあたって、Fの嫡出親子関係が問題となるところ、嫡出親子関係の成立について規定する通則法28条と、非嫡出親子関係の成立・認知に関して規定する通則法29条の適用順序について最判平12.1.27判決はまず、通則法28条が指定する準拠法により嫡出性を判断し、嫡出性が否定された場合に初めて通則法29条が指定する準拠法により非嫡出関係について検討すべきであると判示している。本文でも、かかる順番で検討する。
2 まず、28条は両性平等の観点から、子の利益のために嫡出性が認められやすくなるように選択的連結を採用しており、「夫婦の一方」という本国法という表現は、嫡出親子関係が法律上の婚姻をしている場合にしか生じないことを表し、この夫婦は子との関係で嫡出性が問題となる全ての夫婦であり子の出生時に限定はされない。そのため、離婚をしているABも「夫婦」に該当する。Aの本国法は甲国であり、Bの本国法は問題1の1(3)で述べたように乙@州法である。甲国法、乙@州国法いずれにおいても、日本民法とほぼ同様のルールを採用していることから、BとAの離婚の日から90日後にFは生まれてることから、婚姻解消から300日以内に生まれている要件を満たすことから婚姻中に懐胎したものと推定され(民法772条2項参照)、その結果夫の子と推定される(同条1項参照)。したがってFは夫Aの子であると推定される。したがって、Dが認知するためには、AとFの嫡出関係を否認する必要があり、以下は嫡出否認がされたことを前提に話を進める。
3 嫡出否認がされたことを前提に、認知は嫡出でない子の親子関係の成立の問題であるから29条に法性決定する。29条は認知の成立を容易にして子の利益の保護を図るために選択的連結を採用している。具体的には、@F出生時のDの本国法(29条1項前段)、A認知時のDの本国法(29条2項前段)、B認知時の子どもFの本国法(29条2項前段)による。そして、@ABで決定される準拠法は、Dの本国法である日本法、Fの本国法である乙@州法となる。もっとも、29条1項後段、2項後段は、子の本国法以外の法が準拠法となる場合には子の本国法上の保護要件を満たさなければならないセーフガード条項を定めており、本件は子でないDの本国法である日本法が準拠法となるから、子Fの本国法である乙@州法の保護要件、つまり、父による認知の場合には当該子の直系尊属の生存者中の最年長の男性の同意を要しているから、かかる要件を満たす必要がある。これに該当するG(乙国人)は甲乙国の戦争により生存していることは定かでなく、また、生存していたとしてもDによるFの認知につきGの同意を得ることは極めて困難な状況にある。したがって同意を得ることはできず、DのFに対する認知は認められないとも思える。
4 Gの同意を常に要求し29条のセーフガード条項を貫徹しようとすると、父子関係がいつまでも確定せず子の利益を保護するというセーフガード条項の趣旨をかえって没却してしまうおそれがある。そこで、父の認知において直系尊属の生存者中の最年長の男性の同意を要するとした乙@州法を適用することが「公の秩序又は善良の風俗に反する」(通則法42条)ことにならないか問題となる。この点について、42条の趣旨は、妥当でない準拠外国法の適用結果を回避し内国の公序良俗を守ることにある。そして、公序則の発動はあくまで例外的であるべきであるから、@外国法適用結果の異常性のみならず、A事案の内国関連性の強さを総合考慮して判断すると解する(澤木敬郎・道垣内正人、2018、p56-61)。
本件において、乙@州法を適用することにより、父子関係がいつまでも確定しないという結果は異常性である。もっとも、内国関連性については、Fは日本で生まれた事情しか本件からは読み取ることができない。例えば、Fが今後日本で住み続けるといった事情があれば内国関連性が認められ得るといえる。そのため、内国関連性については留保をつけざるを得ない。仮に内国関連性が認められれば、法の欠缺が生じたといえ日本法が適用されると解する(澤木敬郎・道垣内正人、2018、p59・60)。
5 認知の方式については、親子関係についての法律行為の方式の通則法34条に法性決定し、29条で準拠法として選択された日本法が準拠法となり、方式は日本民法781条1項に従う。
6 以上より、Dは認知届出をすることによって、民法779条によりDはFを認知することができる。
問題3
1 子どもCとの面会交流の可否について、離婚の付随的効果の問題として離婚の準拠法27条によるとも考えられる。しかし、離婚の準拠法は夫婦の同一本国法など、夫婦間の利害調整を中心に連結点が決められている。一方、子どもとの面会交流は子どもにとって重要な問題であるから、子の福祉を中心に考えるべきである。そこで、子を中心とした連結点を採用し子の利益に配慮した親子間の問題について法性決定される32条によるべきであると解する。
2 本件において、問題1の2(1)の通りCの本国法は乙A州法である。また、Aの本国法は甲国法、Bの本国法は問題1の1(3)の通り乙@州国法である。そのため、「子
の本国法が父又は母の本国法・・・と同一である」(通則法32条)とはいえない。そして、問題1の2(1)よりCの常居所地は日本であるため、「常居所地法」は日本法である。
3 以上より、日本で裁判になる場合、AとCとの面接交渉の準拠法は日本法
であるといえる。
問題4
1 契約の権利・義務の内容など契約の効力についての準拠法は7条ないし9条で決せられるため、かかる条文を順次検討し準拠法を決定する。
2 まず、7条は当事者自治の原則を趣旨としているが、本件においてP社とQ社間で準拠法は決められていないため、7条は適用されない。
3 次に、8条を検討する。8条1項の趣旨は柔軟な準拠法の決定を認めることにあり、法律行為当時の最密接関係地法とみられる法が準拠法となる。そして、最密接関係地法の判断にあたっては、1項の趣旨より、当事者の意思的要素のみならず、国籍、住所、事業所所在地、設立準拠法、契約交渉・締結・履行地、目的物所在地等の客観的要素も検討すべきであると考える。
本件において、確かに、本件契約の内容は、日本語顧客の獲得のためにP社がQ社と結んだ者であり、日本語サービスの宣伝広告活動、日本語サービスの更新、その他日本語サービスに係る営業活動は日本に法人登記がなされている日本法人Q社の費用で行われている。しかし、Q社の費用で日本語サービスの宣伝広告活動や日本語サービスの更新を行うが、それらは全て丙国で法人格を有するP社の承認を要することから、最終的な意思決定権はP社が有しているといえる。また、日本語サービスの顧客はQ社との間でそのサービスの利用に関する契約を締結するが、本件利用契約の内容はP社の承認を要する点で、顧客との契約の内容という契約の本質的部分について丙国法人P社が最終的な意思決定権を有している。さらに、日本語サービスの顧客が月々の利用料をクレジット・カードによりQ社に支払うがその半分は丙国法人P社に支払われる。また、本件契約は丙国語である。以上のことから、8条1項にいう本件契約締結当時における最密接関係地は丙国であり、最密接関係地法は丙国法である。
4 もっとも、8条2項の趣旨は国境を超える金銭の支払いよりも役務の提供の方が一般に困難であり、当該給付を行う当事者をより保護する必要があることにある。本件においては、Q社は日本語サービスの宣伝広告活動、日本語サービスに係る営業活動を行う点で、P社に役務を提供しているといえる。しかし、P社も本件サービスのプログラムを提供している点で「特徴的な給付を当事者の一方のみが行う」(8条2項)とはいえない。したがって8条2項の推定規定は適用されない。
5 以上より、本件業務提携契約の準拠法は丙国法である。
問題5
1 本件契約には準拠法は丙国法である旨の明文の規定があるため、通則法7条にいう「当事者が・・・選択した法」に当たり、準拠法は丙国法になるのが原則である。しかし、丙国法に日本民法90条の公序良俗のような一般法秩序維持のような規定がない場合には、準拠法が丙国法となる結果、本件契約の内容がそのまま適用され、Q社が一方的に多大な不利益を被る可能性がある。そこで、内国法秩序維持の観点から@外国法適用結果が異常でありA事案の内国関連性が強い場合には、外国法の適法は排除されると解する。また、公序則の発動により準拠外国法の適用が排斥されたのであるから、法規範の欠缺が生じており、それを補う必要があると考える。そして、内国の公序良俗を守るという42条の趣旨からするならば、内国法で補充すべきであると考える。さらに、当事者の意思を尊重するという7条の趣旨から契約の部分ごとに異なる準拠法を当事者が選択する分割指定が認められることとの関係から、契約の部分ごとに準拠法が指定されていると解釈し、公序則の発動も契約の部分ごとに発動すると考える。
2 本件契約の内容で問題となり得る内容は、まず、「本件業務提携契約は1年毎の自動更新であり、解約には6ヶ月の予告期間を置く点」、次に、「1億円の固定額の解約金をP社がQ社に支払うのと引き換えにQ社からP社に本件日本語サービスに係る一切のデータ・権利等を譲渡する点」であり、上記契約内容を丙国法がそのまま契約内容とすることを許容する場合に、@外国法適用結果が異常でありA事案の内国関連性が強いといえる場合には、その部分については丙国法の適用は排除され、日本法によることになる。
3 「契約が1年毎の自動更新であり、解約に6ヶ月の予告期間を置く点」については、丙国法がこの契約内容について何ら規制を設けていなかったとしても@外国法適用結果が異常であるとはいえない。なぜなら、法人同士の契約には顧客や株主など多数の利害関係人がそれぞれの法人に関わっているため、突然の解約により一方の法人やその利害関係人に不意打ちとならないよう、事前に解約する旨を通知し契約関係がなくなったときのための準備を解約前に行う余地を与える必要性があるからである。P社の丙国語ビジネスの売り上げは世界1位であり、Q社の日本語サービスの売り上げは2位であることから、両方人には多数の顧客等利害関係人がいるといえ、6ヶ月の予告期間は不当に短期または長期な期間といえない。1年毎の自動更新を認めることについても、毎年契約の更新をして契約延長のためのさまざまな手続きを経るよりも、円滑な業務執行を可能にするため不当な契約内容といえない。
4 「1億円の固定額の解約金をP社がQ社に支払うのと引き換えにQ社からP社に本件日本語サービスに係る一切のデータ・権利等を譲渡する点」について、丙国法がこの契約内容について日本民法90条のような規制を設けていなかった場合には、@外国法適用結果が異常でありA事案の内国関連性が強いといえ、丙国法の適用が排斥されるといえる。本件契約の解約金としてP社がQ社に支払う額は1億円でかつ固定額であるところ、Q社が提供する日本語サービスの経済的価値は500億円をくだらないとされており、契約当初のP社・Q社間の力関係を反映して極めて低額な解約金となっている。また、解約金の引き換えにQ社はP社に世界売り上げ2位の日本語サービスに係る一切のデータ・権利等を譲渡することになっていることから、少なくともQ社には499億円の損失が認められる。丙国法によって、かかる契約内容について何ら規制がない場合にはこの契約内容について丙国法の適用を認めることは公平性の観点から一方当事者が著しく不利益を受ける結果となり外国法適用の結果は異常であるといえる。また、問題5の3で述べたようにQ社には多数の利害関係人がいることが予測され、Q社の提供するサービスは日本語サービスであり、Q社が日本法人であることを考慮すると内国関連性も強い。
5 したがって、本件契約の1億円の固定額の解約金をP社がQ社に支払うのと引き換えにQ社からP社に本件日本語サービスに係る一切のデータ・権利等を譲渡する事項について、準拠法として指定される丙国法を適用しても、何ら規制がなく一方当事者であるQ社の不利益を回避することができない場合には、通則法42条の公序則の発動を理由として、P社の本件契約の解除に関連して日本法が適用されると考える。
問題6
1 P社は自社の信用を毀損したとして丙社に対して、損害賠償請求を日本の裁判所において提起しているが、この請求権は信用毀損の不法行為の成立の可否が問題となるため、19条に法性決定する。
2 19条は被害者である法人の主たる事業所の所在地が信用毀損によって最も重大な被害結果が発生すると考えられること、また、加害者にとっても被害者の主たる事業所の所在地は多くの場合に認識可能な地であることを考慮して、準拠法を決定する趣旨である。
3 本件において、P社は丙国法人であるため、「主たる事業所の所在地」(通則法19条)は丙国であると考えられる。そのため、準拠法は丙国法であるといえる。
4 もっとも、現代の多様な形態の不法行為に柔軟に対応する趣旨である20条に照らして、より密接に関係がある地はないか。
本件において、確かに、日本語サービスの想定外の挙動により、日本語サービスの顧客1000万人の一部である1万人の個人情報がインターネット上に拡散するトラブルが原因となっていることから、最密接関係地は日本であるとも思える。しかし、本件業提携契約の内容は丙国後語で書かれている。また、P社が世界にサービスを展開する法人であることを踏まえると、P社の信用が毀損されたことにより日本だけでなく、主たる事業所がある丙国を中心に複数の国々において損害を被っていると考えられる。さらに、当事者の予測可能性に資するために契約準拠法と不法行為の準拠法の矛盾防止の観点、および、「明らかに」(通則法20条)という文言や準拠法決定の安定性の観点から最密接
関係地該当性は限定的に考えるべきである。そこで、より密接に関係がある地はなく20条の適用はない。
5 したがって、本件信用毀損の不法行為について準拠法は丙国法となる。もっとも、「不法行為について外国法によるべき場合」(通則法22条1項)にあたるため、日本法が累積的適用される。
6 以上より、P社がQ社に対する損害賠償請求訴訟を日本の裁判所において提起したとすると、この請求権の準拠法は丙国法と日本法によるべきであると考える。
以上
参考文献
澤木敬郎・道垣内正人(2018).国際私法入門[第8版] .有斐閣 ,[409]
松岡博(2021).国際関係私法入門[第4版補訂] .有斐閣 ,[461]