2024国際民訴試験問題についての最優秀答案例
a:前野早紀さんの答案
b:山田みなみさん・本間美果さんの答案
(前野早紀さんの答案を一部含む。)
c:山田みなみさんの答案
<青字は表現振り等の小さな修正。赤字は答案(他の答案も含む。)についてのコメントや修正。そのほか、読みやすくするため、フォントを変更し、一部をゴチックにして枠を付け、段落後に0.5行の行間を設ける等の修正もしています。>
問題4:国際民訴a
1、BがDに対してする、本件業務委託契約の解除に基づくによる遡及的無効に基づく、解雇無効確認等を求める訴えの国際裁判管轄が日本にあるのか。
2、(1)民訴法3条の7は当事者の予測可能性を確保し、便宜を図るという趣旨から、管轄に関する合意について、民訴法3条の7第2項の要件を満たした場合には、合意管轄が有効であることを定めている。
(2)本件についてこれを検討する。本件契約には、この契約をめぐる一切の紛争は乙国の首都を管轄する裁判所のみで解決することという取り決めがあり、管轄権に関する合意がある。本件管轄権に関する合意は有効か(民事訴訟法3条の7第1項から第4項)。
ア、本件合意が書面によって定められているのかはわからない。しかし、法人の契約は書面で行われるのが実務であるので、本件合意は書面によって定められていると考えられる。民事訴訟法3条の7第2項の要件を満たす。<この点問題文に記載しておくべきでした。>
イ、また、本件合意は「この契約をめぐる一切の紛争」としていることから、「一定の法律関係に基づく訴え」(民事訴訟法3条の7第2項)の要件を満たすものと言える。
ウ、本件合意は乙国のみを管轄の裁判所とするものであるから、「外国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意」(民事訴訟法3条の7第4項)であると言えるが、乙国裁判所は「裁判権を行うことができない」(民事訴訟法3条の7第4項)状態にはない。
エ、また、民訴法3条の5の定める専属管轄事項に関する訴えではないので、同条の適用はない(民事訴訟法3条の10)。
オ、よって、合意管轄が認められ、国際裁判管轄は乙国になるように思える。
3、しかし、本件管轄合意は、「将来における個別労働関係民事紛争を対象とする」合意にあたり、民事訴訟法3条の7第6項の適用を受けないか。
(1)民事訴訟法3条の7第6項は、当事者の便宜を図るために当事者による処分を基本的に認めるべきであるが、弱者である労働者を、合意管轄を選択する場面でも保護することを趣旨として、合意管轄の有効性に関して、労働契約について、民訴法3条の7第6項の定める規定により、特別の制限を課している。
(2)本件について検討する。本件業務委託契約に民訴法3条の7第6項は適用されるのか。
ア、「将来における個別労働関係民事紛争を対象とする」合意(民事訴訟法3条の7第6項)とは、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者を事業者との間に生じた民事紛争」をいう(民事訴訟法3条の4第2項)。本件契約が労働契約に当たるのか。
(ア)この点に関して、民事訴訟法3条の7第6項が労働契約の管轄の合意に関して特則を定めた趣旨は、労働者と使用者の間に交渉力や情報力などの点において格差に注目し、労働者を保護する点にある。そうであるなら、労働契約とは使用者の指揮監督のもと、労働者が労務を提供し、それに対して使用者が賃金を支払う契約をいうと解する。
(イ)本件では本件契約によって、Bの労務提供とDのBへの報酬の支払いが定められていたことについて、争いはない。そのため、D B間に、指揮監督があったのかが問題になる。このことに関して、Dは、本案については、DとBとの間の契約上、Bは、労働者ではなく、独立事業者であって、上記@のタイトルの通り、DがBに業務を委託することを内容とするものであり、一般の従業員よりも高い報酬をBに支払っていると言って、本件契約が労働契約に当たらない旨主張し、Bは、本案については、契約のタイトルや報酬額はともかく、契約内容及びそのBの労務提供の実態に鑑みると、BはDの従業員と同様に扱われてきているのであるから、通則法12条が適用される労働契約であると主張している。確かに、契約のタイトルは業務委託契約とされていること、Bも認めるように、報酬は一般の従業員よりも高くもらっていたことを考えると、DBには指揮監督関係はなく、労働契約に当たらないように思える。しかし、労働者と使用者の格差から労働者を保護するという通則法12条の趣旨に鑑みると、契約のタイトルを必ずしも重要視すべきではなく、タイトルよりもむしろ内容や実態を見て、D Bに指揮監督関係があるのかを判断するべきである。また、報酬は確かに、D Bの関係の実態を示す一要素にはなるものの、Bのそれまでの経歴や専門的知識の有無によって増えることがあるものであり、例たとえ、指揮監督関係があったとしても、Bの報酬が高くなる可能性はある。そのため報酬の高さだけで直ちにC Bが対等な関係であったとは考えることはできない。本件ではDは法人でありB は個人であるし、Dは少なくとも甲国支社と日本支社を持っており、世界規模の大規模な法人であると考えられる。また、DがBに対して、甲国に移り、Dの甲国支社で業務を提供するようにと言い渡したという事情もあり、DがBに対してその人事や職務の決定権を持っていたということも推定される。<会社と独立事業者との間の業務委託契約であっても、会社の業務に関する指示には従うことは不可欠の契約内容であるはずです(そうでなければ業務委託が機能しない。)。問題文によれば、業務提供地を日本支社に限るとの条項はないので、甲国支社での業務委託を「言い渡す」ことはあり得るはずではないかと考えられます。>このことから、D Bが対等な関係であったとは考えにくく、BはDの指揮監督の元にあったと言える。以上から、本件契約は労働契約である。<答案は全て「個別労働関係民事紛争」であると判断していました。そうしますと、業務委託契約をする場合にはどのように規定すればよいかが問題となる点は問題5(国際私法d)についてコメントした通りです。 [以下、国際私法dについてのコメントと同文] なお、B・Dが税務申告をどのようにしていたか、健康保険はどうであったか、年金のカテゴリーはどうであったか等の情報を入手し、いずれかの議論を補強することができますが、試験問題における事実関係には情報に限界があり、だからといって細かく場合分けすることも求められていないと考えられますので、いずれの結論にせよ、与えられた情報を上手く使って説得的な理由付けをすることができるかどうかが評価を分けることになろうかと思います。>
(ウ)よって、労働契約である本件業務委託契約に関して、管轄合意を定める本件管轄合意は「将来における個別労働関係民事紛争を対象とする」(民事訴訟法3条の7第6項)合意にあたる。
イ、本件管轄合意は、「労働契約の終了の時にされた合意」(民事訴訟法3条の7第6項1号)ではない。また、「労働者」の「援用」もない(民事訴訟法3条の7第6項2号)。
ウ、よって本件合意管轄は有効でない。
3、労働関係に関する訴えの管轄権(民事訴訟法3条の4第2項)について検討する。
(1)民事訴訟法3条の4第2項は、労働者の裁判所へのアクセスを保証し、労働者の保護を図るという趣旨から、「個別労働関係民事紛争」に関して、「労働者から事業者に対する訴えは、「労働契約における労務の提供地が日本国内にある時は日本の裁判所に提起することができる」旨を定めている。
(2)本件について検討する。前述のように、本件契約は「個別労働関係民事紛争」にあたる。Bは「労働者」、Dは「事業主」に当たるので、「労働者から事業者に対する」訴えにあたる(民事訴訟法3条の4)。本件では契約における労務の提供地には争いがあるが、労務提供地は一つに絞る必要はなく、その一つが日本にあれば足りる。Dは日本が労務を提供地だと主張するし、Bも日本が労務提供地の一つであることは認めている。よって、「労務の提供の地」が「日本」(民訴法3条の4第2項)にあるといえ、日本に国際裁判管轄が認められる。
4、以上より、日本に国際裁判管轄が認められる(民訴法3条の4第2項)。
問題8:国際私法b
1. CのAに対する損害賠償請求の訴えについて、日本の裁判所は国際裁判管轄があるか
(1) まず、民訴法3条の2第1項より、Aはすでに日本を立ち去り、甲国への入国後、足取りは不明であるところ、「その住所が日本国内にある」(同条1項)といえず、「その居所が日本国内にある」(同条1項)ともいえず、「日本国内に住所を有していた後に外国に住所を有していた」か否かは本文から定かでないから、本条から日本に国際裁判管轄は認められない。
(2) 次に、民事訴訟法3条の3第8号によると、不法行為に関する訴えについては、「不法行為があった地が日本国内にあるとき」に日本の国際裁判管轄が認められる。これは、不法行為地には事件に関する証拠が所在していることが多いため、証拠収集の便宜を図ったものである。なお、不法行為地とは具体的には、加害行為が行われた場所と結果の発生地のいずれをも指すと考えられている
。
(3) 本件加害行為はAがCJ間の販売代理店契約につき、J社の社長であるKと秘密の利益分配合意をなしたことである。この点、Cは日本法人であり、販売代理契約もCがJに製品の独占販売権を与えるというCが主位の内容であるから、CJ間の販売代理店契約締結は日本で行われた可能性が高く、それに付随する加害行為たる上記合意も日本でなされた可能性が高いといえる。<そうでもないと思います。CとKとは旧知の中であり、この秘密合意にはMの了解も必要なことから、甲国で謀議され、合意された可能性の方が高いように思われます。もっとも、その点についてはいずれにせよ、そのような契約を締結したことを「不法行為」と見るのではなく、その実行がされたことを「不法行為」と評価するのが普通だと思います。そうすると、甲国内での売上高から2.2%を抜き、これを同国内で現金で分配・隠匿したことから甲国が主要な不法行為地であろうと思います。問題となるのは、Cが日本で損害を被ったということ(このことが果たしてそうなのか問題ですが)をもって日本をもう一つの不法行為地ということができるか、という問題です。答案の多くは、この違法なスキームにおいては日本法人であるCが念頭に置かれていたことは明らかであり、日本も不法行為地であるとし、3条の3第8号により日本の裁判所の国際裁判管轄を肯定していました。>したがって、「不法行為地」が日本になり、日本に国際裁判管轄が認められる。
(4) また、別の考え方として、国際私法問題7と関連するものであるが、本件損害賠償請求が、例えば役員として会社に善管注意義務を負うCの、かかる義務に違反した任務懈怠責任を問うものであった場合、民訴法3条の3第7号を適用することも考えられる。
具体的に、民訴法3条の3第7号のロは「会社その他の社団又は財団に関する訴え」で、「社団又は財団からの役員又は役員であった者に対する訴えで役員としての資格に基づくもの」は「社団又は財団が法人である場合にはそれが日本の法令により設立されたものであるとき、法人でない場合にはその主たる事務所又は営業所が日本国内にあるとき」、日本に国際裁判管轄が認められるものとする。これは、証拠収集の便宜や複数の同種の訴訟が提起された場合の統一的・効率的審理の確保といった観点から、日本法人あるいは日本に主たる事務所・営業所があることをもって日本に管轄を認める趣旨である。
本件は会社すなわち「社団」であり、「日本の法令により設立された」日本法人Cが前述の通り、Cの代表権を有する「役員」であるAを「役員としての資格に基づ」き訴えるものであるから、同条の適用があり、こちらの場合も(3)同様、日本に国際裁判管轄が認められる。
<この(4)の論述こそがこの問題が求めていた指摘です。3条の3の各号のすべてを詳しく知っている必要はありませんが、会社役員の不祥事に関する紛争であれば、法人に関するいくつかの規定をチェックすべきです。
なお、前野早紀さんの答案は、会社法423条の存在を指摘していましたが、残念ながら、3条の3第7号ではなく、会社関係訴訟の専属管轄を定める3条の5第1項の「会社法第7編第2章」に該当するか否かを検討し、「423条の損害賠償請求は847条が想定する訴訟物に他ならない。」とし、「423条の訴えも『会社法第7編2章に規定する訴え』である」と解するとの結論を示していました。しかし、国内事件について、848条は、「責任追及等[847条1項で定義されています。]の訴えは、株式会社又は株式交換等完全子会社(以下この節において「株式会社等」という。)の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する。」と定めており、この中には423条に基づく訴えは含まれていません。なお、前野さんは、この部分で、嶋拓哉「取締役の任務懈怠に基づく損害賠償請求をめぐる国際裁判管轄と準拠法—東京地判令和4・4・20」ジュリ1584号144頁(2023)を引用しています。>
(5) なお、民訴法3条の9は当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な心理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認められる場合には国際裁判管轄を否定するべきと規定する(最判9年11月11日の明文化)ところ、かかる特段の事情は認められないので問題とならない。
(6) 以上より、日本の国際裁判管轄が認められる。
2.日本の裁判所としてはAに対してどのようにして訴状及び呼出状の送達をすべきか
Aは日本を立ち去っており、甲国への入国は確認されたが、その先の足取りは不明であることから問題となる。
(1) この点、手続きは法廷地法によるのが原則であるところ、民訴法は、外国においてなすべき送達は、その国の管轄官庁又はその国に駐在する日本の大使・公使・領事に嘱託してすることを定めている(108条)。これはいずれも外交ルートを通じて行うことを定めるものであり、日本の外務省を経由することになる。ただし、日本の大使・公使・領事による送達は日本の主権行使であるととらえられており、条約、口上書その他の方法により駐在国がこれを認めていない限りすることはできない。
<108条の送達は被告の住所が不明の場合には利用できないので、そのことから110条によらざるを得ないというべきではないでしょうか。
(2) 次に、108条によることができず、もしくは、同条によっても送達できないと認めるべき場合、又は、同条によって外国の管轄官庁に嘱託を発した後6カ月を経過しても送達証明書が返送されてこない場合には、公示送達をすることができる(110条1項3号・4号)。公示送達は、裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示してする(111条)こととなる。なお、その効力発生時期は、通常の場合は掲示を始めた日から2週間後であるのに対し外国においてすべき送達についてした公示送達にあっては6週間後とされている(112条2項)。なお、裁判所書記官は、公示送達があったことを官報又は新聞紙に掲載することができるところ、外国においてすべき送達については、官報又は新聞紙への掲載に代えて、公示送達があったことを被告に通知することができる(民事訴訟規則46条2項)。
1.会社法423条の責任追及に基づく損害賠償請求の場合
民訴法3条の3第7号は、日本法人の関係者の当該法人における現在又は過去の資格に基づいて、当該法人が当該関係者に対して提起する一定の訴えについては、日本法人であることのみを理由に国際裁判管轄を認めている。
Cは日本法人であり、AはCの役員である。CのAに対する損害賠償は会社法423条による役員の会社に対する責任追及である。
以上より、日本に国際裁判管轄が認められる。
<上記の7行は本間美果さんの答案のうち、山田さんの答案の1(4)と同旨の部分のみ>
問題3:国際民訴c
1.CはKに対し、KがAと共謀してCに損害を与えたとして不法行為に基づく50億円の損害賠償を請求する訴えを日本の裁判所に提起したと考えられる。
前提として、一般管轄原則(民訴法3条の2)に従えば、Kの「住所が日本国内にあるとき」、「住所がない場合又は住所が知れない場合にはその居所が日本国内にあるとき」、「居所がない場合又は居所が知れな[1]い場合には訴えの提起前に日本国内に住所を有していたとき」に日本は国際裁判管轄を有するが、Kは甲国在住甲国人なので、いずれにも該当しないため、同条から日本の国際裁判管轄は認められない。
次に、本件は不法行為に基づく損害賠償であるから、不法行為地管轄(民訴3条の3第8号)に従うと、不法行為があった地が日本国内にあるときに日本の国際裁判管轄が認められる。なお、不法行為地とは、加害行為が行われた場所と結果の発生地のいずれをも指すと考えられている。本件加害行為はKがAと共謀してCに損害を与えた行為、具体的に、J社の社長であるKがCJ間の販売代理店契約につき、Aと秘密の利益分配合意をなしたことであるところ、Cは日本法人であり販売代理契約もCがJに製品の独占販売権を与えるというCが主位の内容であるから、CJ間の販売代理店契約締結は日本で行われた可能性が高く、それに付随する加害行為たる上記合意も日本でなされた可能性が高いといえる。<この点に対する異論については上記の通り。>したがって、「不法行為地」が日本になり、日本に国際裁判管轄が認められる。<この部分の位置づけが不明です。この次の段落から議論を始めることはできないのでしょうか。>
(1)(a)の主張について
(a)の主張は、これをうけて<?>、そもそも不法行為がなかったのだから、不法行為管轄のもと、日本が国際裁判管轄を有するのはおかしいという旨の主張である。
<Kの主張は、被告を間違えている、自分はCに損害を与える行為は何らしていない、Cには契約通りの代金を支払っており、2.2%の抜き取りはJに帰属すべき売上高からであるので、KはCに対する不法行為をしていない、以上のようなものです。このようなKから見れば言いがかり的なCによる訴えについて、その点を全く考慮せず。管轄判断がされることはいかがなものかという問題です。
なお、A・Kの策謀がなければ、Cは、少なくとも最大でJの売上高の2.2%、少なくともAの取り分である1%は高くJに卸すことができたことになるので、AはCに対して会社法423条の責任を負っており、それとの関係で「身分なき共犯(?)」的な構成をして、KがCに対して責任を負うと言うことが可能でしょうか。よく分かりません。>
ここで、不法行為管轄のように、本案の審理対象となる法律概念が管轄ルールに用いられている場合には、管轄の判断としてどこまで踏み込んで判断をするのかが問題となる。
この点につき、管轄の段階で不法行為といえるかをどの程度審理して判断するかは、管轄原因事実仮定説、一応の証明説(有力説)、客観的要件具備説(判例)がある。[2]管轄原因事実仮定説は、不法行為があったことについて原告が一応筋の通った主張をしていれば、その主張する事実が存在するものと仮定して判断すれば足りるという説である。しかし、国境を超えて応訴する被告の負担に配慮するべきであるから、採用できない。一応の証明説は、不法行為があったことの一応の証明が必要であり、本案審理を必要ならしめる程度の心証を得れば良いとする説である。この説については、どの程度の心証を形成できれば良いのかが曖味であるという批判があるが、不法行為か否かが争われていても、実務上、その点について本案審理が必要であるとの判断をするか、不要であると判断するかの区別は可能であると思われる。客観的要件具備説は、不法行為と主張されている行為が日本で行われたこと又はそれに基づく損害が日本で発生したという事実が証明されることが必要であり、かつそれで足りるとする説であり、故意・過失の存在や違法性阻却事由の不存在といった点は本案で審理すればよいとする。しかし、その種の訴訟の中にはまったくの言いがかり的なものもあり得るため<道垣内が強調>、被告の応訴の負担を考慮し、一応の証拠調べをして不法行為に該当しないとの心証が得られれば、管轄を否定すべきである[3]。そこで、一応の証明説に従い、本件主張について検討する。<答案のほとんどは、一応の証明説の基準の曖昧さ故に、最高裁判例(最判平成13・6・8・最判平成26・4・24)に倣って、客観的要件具備説を採用すべきだとしていました。理由付けが説得的であれば、いずれの説でも答案としてはよいのですが、客観的要件具備説によれば、原則として、(a)被告が日本国内でした行為により原告の権利利益について損害が生じたか、(b)被告がした行為により原告の権利利益について日本国内で損害が生じたとの(c)客観的事実関係が証明されれば足りる、とされており、被告の行為により原告に損害が生じていなければならないところ、本件では、KはJに帰属すべき売上高(Cは卸代金を受領しているので売上高がいくらかは与り知らぬことです。)から2.2%を抜いているのであって、Cには損害を与えていないという点について正面から議論してもらいたいというのがこの問題の趣旨でした。つまり、ドイツ車を日本で運転していて事故を起こした運転者がブレーキが利かなかったと主張すれば、そのような事象が世界で一件も起きていなくても、運転者の主張の信憑性を全く吟味せず、直ちにドイツの自動車メーカーに対する訴えの管轄が認められるのか、という問題です。この問題の趣旨を把握し、上記答案中のゴチック・下線部分の通り、「まったくの言いがかり的なものもあり得るため」と叙述されている山田さんの答案をここに掲げました(もっとも結論としては(a)の主張は認めないとの結論ですが、結論は原則として評価を左右しないことは繰り返し記載している通りです。>
本件Kは、Aと秘密の利益分配合意をし、Kが甲国内での売上高のうち2.2%を甲国法人Lにコンサルティング料として支払い、L社長のMがこのうち0.2%を受領し、残りの2%を1%ずつAとLのために甲国国内に現金で隠匿し、蓄財していることが判明しており、さらに、Kは甲国在住で甲国人自身であるにもかかわらず、K名義の証券類が日本所在の証券会社の口座に存在することも判明しているところ、Kの行為とCの50億円の損害との間には客観的因果関係があると判断してもよさそうであり<なぜでしょうか? 言いがかりではないと判断する根拠は何でしょうか?>、Cの主張する、KがAと共謀し、Cに50億円の損害を与えたという不法行為があったとして本案審理が必要との心証を抱き得る。したがって、不法行為に関する訴えとしての管轄原因があり、日本に国際裁判管轄が認められるから、主張(a)は認められない。
(2)次に、(a-@) (a-A)は、民訴法3条の3第3号の管轄原因に関する主張である。
前提として、民訴法3条の3第3号財産所在地管轄を定めるものであり、「請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く)」に日本に国際裁判管轄を認めるものであり、その趣旨は財産所在地で訴え提起を認めることで、権利の現実的満足が容易となることにある。
本件請求にかかる本案の訴えは不法行為に基づく損害賠償権であり、「財産権上の訴え」にあたるところ、「請求の目的が日本国内にある」ほか、Kは自身の名義の証券類が日本所在の証券会社の口座に存在するから、「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にある」といえ、日本に国際裁判管轄が認められそうである。
@
これをうけて、(a-@)の主張は、CはKに対して何らの「財産権」上の請求権も有していない。すなわち、仮にKが不正行為をしたとしても、それはCに対してではなく、JはCに契約通りの支払いをしているのであるから、Cは何らの損害も被っておらず、Kに対する損害賠償請求権を有さないというものである。しかし、本件Cの主張する、KがAと共謀し、Cに50億円の損害を与えたという不法行為については、前述の通り、その詳細(具体的に本件Kは、Aと秘密の利益分配合意をし、Kが甲国内での売上高のうち2.2%を甲国法人Lにコンサルティング料として支払い、L社長のMがこのうち0.2%を受領し、残りの2%を1%ずつAとLのために甲国国内に現金で隠匿し、蓄財していること)が判明しているところ、Cは営業利益について、何等かの損害を受けていると考えられ<上記と同じ疑問があります。>、また甲国在住で甲国人自身であるにもかかわらず、K名義の証券類が日本所在の証券会社の口座に存在することも判明していることから、Kの行為とCの50億円の損害との間には客観的因果関係があると判断してもよさそうである。<日本所在のKの財産とCが主張する損害とは関係ないのではないでしょうか。>したがってKのCに対する不法行為については、それがあったという心証を十分抱き得るものであり、CはKに対する損害賠償請求権を有するといえる。よって、「財産権上の請求権を有しない」という(a-@)の主張は認められない。<Kの行為によりCが損害を被ったことをCに説明させてもよさそうに思います。そして、その説明に論理性がなければ財産権法上の請求権の存在が示されておらず、本案審理に入る前の段階で訴えを却下することはできないかという問題意識ですが、答案の中にこのような議論をする人はいませんでした。>
A
(a-A)の主張は、日本所在のKの財産の価額は著しく低く、Kがその財産を守るために日本の裁判所での審理に応ずることは費用倒れとなるというものであり、民訴法3条の3第3号括弧書にあたり、例外的に日本の国際裁判管轄が認められないことを主張するものである。
ここで、「その財産の価額が著しく低い」(同号かっこ書)といえるかは、絶対額として日本での訴訟コストを賄うに十分足りるものであるか、又はその額に足りなくても、請求額との関係で相対的に大きな割合の額であれば満たされる[4]かをいう。本件訴求額は50億円であるところ、仮差押対象財産であるKの資産総額は1500万円である。そうすると、上記の基準に照らすと、本件請求についての日本での訴訟コストを賄うのに十分足りる額であるとまではいえないが、1500万円それ自体は決して少額とはいえず、請求額との関係で「著しく低い」とはいえない。したがって、同号括弧書の適用はなく、(a-A)の主張は認められない。<ほとんどの答案はこれと同じ判断でした。>
(b) 民訴法3条の3第8号の管轄原因についていえば、Kの行為地はもっぱら甲国内であり、また、(a-i)の主張の通り、そもそもCに対する不法行為は存在しない。仮に不法行為と一応評価されるとしても、経済的な損害の発生地とされるCの本社が所在する日本は不法行為地とはいえないとして、同号の「不法行為発生地」が日本ではないから、日本に国際裁判管轄が認められないと主張するものである。
この点について、前述の通り、「不法行為発生地」とは具体的に、加害行為が行われた場所と結果の発生地のいずれをも指すと考えられている。本件において、加害行為は、KがAと共謀してCに損害を与える行為をしたこと具体的には、KがCJ間の販売代理店契約につき、Aとの間で秘密の利益分配合意をなしたことであるが、Cは日本法人であり販売代理契約もCがJに製品の独占販売権を与えるというCが主位の内容であるから、CJ間の販売代理店契約締結は日本で行われた可能性が高く、それに付随する加害行為たる上記合意も日本でなされた可能性が高いといえる。
したがって、加害行為地たる日本は「不法行為発生地」といえ、日本は不法行為地ではないという主張⒝は認められない。
(c) 民訴法3条の6の併合請求による管轄について
CのAに対する請求とCのKに対する請求とは民訴法38条前段に定める場合とはいえないので、前者の請求について日本の裁判所に国際裁判管轄があるとしても、後者の請求について、管轄はないとして、併合請求による管轄は認められないという旨の主張である。
この点について、民訴法3条の6は、「一の訴えで数個の請求をする場合において、日本の裁判所が一の請求について管轄権を有し、他の請求について管轄権を有しないときは、当該一の請求と他の請求との間に密接な関連があるときに限り、日本の裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、民訴法 38条前段に定める場合に限る。」と定める。この規定に照らすと、CのAに対する請求は、問題8より、日本に国際裁判管轄がみとめられるところ、CのKに対する請求が、CのAに対する請求と民訴法38条前段に定めるほどの「密接な関連がある」場合、日本に併合請求による管轄が認められることになる。では、「密接な関連がある」といえるか。
この点、本件KはAと共謀してCに損害を与えたとされるところ、共同不法行為として連帯債務を負うことになる。このように、両者には強い共同性があるから、「密接な関連がある」といえる。<これは、前述の通り、Kは「身分なき共犯」ということでしょうか。日本の会社法上、そのような考え方があるのでしょうか。>
もっとも、同条但書より、原告もしくは被告が複数存在する場合には、請求間に密接な関連性があるだけでは足りず、訴訟の目的である権利・義務が同一であるか、同一の事実上および法律上の原因に基づいていることが必要とされる(主観的併合)。本件も主観的併合にあたり、但書の適用をうけるから、上記要件該当性を検討する。
この点、Kは38条の前段に定める場合とはいえないと主張するが、両訴訟は訴訟の目的を不法行為に基づく損害賠償請求権としているところ訴訟の目的である権利・義務が同一であるといえ、AとKは共謀してCに損害を与えたとされるところ、かかる共同不法行為という同一の事実上および法律上の原因に基づくものといえるから、民訴法38条前段に定める場合であるといえるから、民訴法3条の6但書の要件も満たしている。
よって、主張(c)は認められない。
(d)(a)から(c)の主張が認められず、CのKに対する訴えについて日本の裁判所が国際裁判管轄を有することとなる場合であるとされるとしても、民訴法3条の9により訴えは却下されるとするものである。
民訴法3条の9は「裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても,事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる」と定めている。
まず、事案の性質について、本件は原告Cが日本法人であるところ日本と事件との関連性は十分である。次に、応訴による被告の負担について、Kは甲国在住の甲国人であるところ、日本において訴訟行為をなすことは負担であるといえる。
また、証拠の所在地について、確かに、K自身の名義の証券類が日本所在の証券会社の口座に存在することが判明している。しかし、本件Kの不法行為はCJ間の販売代理店契約につき、Aと甲国在住の甲国人でJの社長を務めるKとの間で秘密の利益分配合意を付属し、これにより、Kは、甲国内での売上高のうち2.2%を甲国法人Lにコンサルティング料として支払い、Mはこのうち0.2%を受領し、残りの2%を1%ずつAとLのために甲国国内に現金で隠匿・蓄財するという内容であったのだから、Kの不法行為を示す証拠物は日本よりむしろ甲国により多く存在すると考えられる。
以上を考慮すると、本件は我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるといえ、民訴法3条の9の適用がある。
したがって、同条の適用により、訴えは却下されるところ、主張(d)は認められる。<答案の中では、3条の9により管轄なしとの判断よりも、管轄ありとの判断をするものが多かったです。>