早稲田大学法学部:国際民事訴訟法I[2024冬学期]最優秀答案例
赤字の書き込みは道垣内。明示していないが、一部の改行は道垣内による。
問題1:匿名
問題2:相浦大輝
問題3:亀井美希
問題1
日本の裁判所が本件訴訟について国際裁判管轄を有するかどうかは、
@
日本が民訴法3条の3第8号に定める「不法行為地」に該当するか
A
民訴法3条の3第8号括弧書きに該当しないか
B
Bが不法行為の成立そのものを否定していることから、管轄判断の段階でBの行為は「不法行為」と言えるか
C
民訴法3条の9の適用はどうか
が問題となる。
@
学説上、不法行為地は加害行為が実際に行われた場所に限られるとする「行為地説」、不法行為地には、損害が発生した場所も含まれるとする「結果地説」、行為地と結果地いずれも不法行為地に含める、「折衷説」がある<引用が必要。折衷説というネーミングは双方の地を意味するという考え方を表現するには不適切。>。最高裁判例においては「名誉棄損を不法行為とする場合の不法行為地には加害行為地だけではなく、被害者の社会的評価が侵害され場所も不法行為地と解される」<引用が必要>とある。よって学説上の「折衷説」が適用されていると考えられる。本件事案についても「折衷説」を適用する。
事案から、BはA2の解任とA1との資本関係解消の手続きに入ったことをBのウェブサイトに甲国語で記載したことから加害行為地は甲国であると考えられるが、。結果発生地は、A1の日本にある本社には取引先や顧客からの問い合わせが殺到し、売り上げが減少、いくつかの新規案件は解消されていることから、損害の発生地は日本であるといえる。よって、折衷説を適用すると、日本は民訴法3条の3第8号に定める「不法行為地」に該当するといえる。
A
民訴法3条の3第8号括弧書きでは「外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったとき」には管轄原因にはならないとしている。
この点、インターネットを介して、Bがウェブサイトに記載した事項は日本から閲覧可能でありされ、その内容は日本を含む世界中で報道されていることから、日本においてA1の名誉、A2の信用の毀損という結果が発生することは加害者たるBにも通常予見可能であったといえる。甲国語での記載である点は、翻訳されて上記のような結果を発生させることは通常予見可能であって、上記の判断を妨げるものではない。
B
問題にBは不法行為に該当する行為を何らしていないとしていることから、そうであっても「不法行為」地管轄を肯定することがあり得るのか、国際裁判管轄の判断の段階で不法行為についてどの程度審理して判断するかが問題となる。最高裁判例においては、「不法行為とされる行為が日本で行われたこと又はそれに基づく損害が発生したという事実が証明されることが必要であり、かつそれで足り、故意・過失の存在や違法性阻却事由の不存在といった点は本審で審理すればよい」<引用が必要>という「客観的要件具備必要説」(国際私法判例百100選(第3版)79事件)を採用している。すなわち、管轄の判断の段階においては、不法行為の要件のうち故意・過失の存在や違法性阻却事由の不存在を除き、加害行為及び結果発生、そして両社者の客観的因果関係の証明が必要であり、かつそれで十分であるとされている。
この「客観的要件具備必要説」によれば、本問のBの主張、すなわち、「Bの執取った措置はコンプライアンスを重視するBの方針に従った正当な子ことでありA2の解任及びA1との資本関係解消手続きを執取ることは公益にも資することである」とのBの主張は、違法性阻却事由に該当すると考えられるが、ここ国際裁判管轄の判断の段階で検討する必要はない。
そして、BによるA2解任、A1との資本関係解消手続き開始についてのウェブサイトへの掲載という「加害行為」と日本に本社を構えるA1の売り上げの減少や顧客離れといった「結果発生」との間には客観的因果関係があるといえる。以上からBの行為は管轄の判断段階において不法行為と言えるに該当すると判断してよいことになる。
以上、@ABより、日本の裁判所は、A1・A2のBに対する損害賠償請求訴訟について国際裁判管轄を有するといえる。
<Cとして、民訴法3条の9による訴え却下について検討する必要があります。>
問題2
第1.
問題
本件では、乙国のA1に対する確定判決が、民事訴訟法118条3号に定める公序要件を充足するか否か、実質的には、懲罰的損害賠償が日本の公序に反するか否かが問題となる。
第2.
外国判決の執行
外国判決の執行とは、承認された外国の確定判決に対して、自国の裁判手続により、執行力を付与して、強制執行を行うための手続である[1]。日本では、民事執行法24条5項により民事訴訟法118条が適用され、同法同条3号には、執行力を付加する要件として、判決内容等が日本の公序に反しないこととしている。
懲罰的損害賠償が日本の公序に反するか否かについて判例は、公序に反するとは、当該外国の制度が日本の制度の基本理念又は基本原則と相容れないものとするという前提を定立した上で、懲罰的損害賠償は、日本の法制度の文脈ではむしろ刑罰に近しいものであり、日本の不法行為制度とは目的を異にしている等を理由に、日本の制度の基本理念や基本原則とは相容れないものであり、公序に反すると判示した[2]。その際、判例は、懲罰的損害賠償が賠償判決の中に含まれていることを理由に、その賠償請求認容判決全体について、日本での承認執行を認めないとするのではなく、通常の填補賠償の部分については効力を認め、懲罰的損害賠償の部分については効力を認めないとしている[3]。もっとも、外国判決の執行拒絶は、執行により実現される外国人の利益が存在することを考慮すると、積極的には認めるべきではないが、通常の損害賠償に加えて、巨額の金銭の支払いを制裁として課すことは、およそ日本には存在しない制度であり、これを安易に認めることは事業者の事業活動を過度に委縮させることにもなりかねない。そのため、判例のように、懲罰的損害賠償を公序に反するとする判断を妥当であると考える。
第3.
検討
これを本件について見るに、Cは乙国の裁判所から、填補賠償として10億円、懲罰的損害賠償として30億円の支払いを命じられたのであるが、前者については、民事訴訟法118条3号の公序に反しないと解される。しかし、懲罰的損害賠償は日本制度とは相容れないため、公序に反すると解することができる。したがって、日本の裁判所としては、10億円の部分については、公序要件充足の判断を示し、30億円の部分については、公序要件不充足の判断をするべきである。
問題3
問題3@について
1 A2が提起した、離婚及び1億円の慰謝料を求める訴えについて、日本に国際裁判管轄があるか検討する。離婚の訴えは、人事の訴えに当たる(人訴法2条1号)ことから、国際裁判管轄は、人訴法3条の2各号のいずれかを満たすときに認められる。
⑴
まず、被告Dは乙国人であり、日本に住所を有していないから、1号による管轄は認められない。また、2号から5号までの事情もない。
⑵
次に、日本に共通の住所があれば、証拠が偏在しており、日本に管轄を認めることが合理的とされたため設けられた同条6号を検討する。Dが乙国へ帰国するまで、A2及びDは、共に日本に常居所を有していたことから、6号を満たすといえる。この6号の管轄が認められている理由は点、Dが日本から出た事情によってA2の諸外国での提訴を強いられるとすれば、日本で訴えられないようにするために外国に転居する策略を認めてしまう可能性があるので不当であり、他方、外国に転居したDにとって、かつて住居であった日本で提訴されることは、A2が見ず知らずの外国で提訴する負担に比すると相対的に酷とは言えないこと、。また、日本に住所地を置くA2から訴えが提起されているので、訴えが提起される時点における当事者と日本との関連性は確保されていること、以上の点にある。
2.(3) そして、人訴法3条の2第6号に基づいて管轄が認められるとしても、3条の5により却下されるか否か、すなわち、同条の定める「特別の事情」があるか否かを検討する必要がある。
⑶
これを本件について見ると、本件で離婚原因となったA2の民事訴訟は、日本において生じており、離婚を告げられたのちも、Dに対し全治3か月の傷害を負わせるなど、離婚原因に関連する事件が日本で生じているため、証拠は日本に所在しているものといえる。また、A2は乙国には行ったこともないのに対して、Dは日本に居住していたという事実がある。
⑷
しかし他方、Dが日本を離れたのは、入院加療を要するほどの傷害をA2から受けたことによるのであって、また、Dが日本に入国することについてDとしては身の危険があると感じているようである。
⑸
上記(3)と(4)の事情を総合考慮し、人訴法3条の5が定める「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるか否かを検討するに、・・・
[選択肢1]: (4)の点は、D本人が来日しなくても、パスポート等の持ち出しに協力した友人等を通じて適切に弁護士を選任して訴訟対応することは不可能ではない上、Dの入院加療、日本出国理由等は日本での本案審理において勘案することができることから、(3)の証拠の所在等を重視し、3条の5の定める「特別の事情」があるとは認められない。
[選択肢2]: (3)の点のうち証拠の所在については、本件における離婚請求については、双方とも離婚を望んでいることから証拠の所在は大きな意味は持たず、また、慰謝料請求権の存否、存在する場合の額の算定については、確かに日本にも証拠は所在するとしても、乙国での訴訟のために日本所在の証拠調べをすることは不可能ではない。また、A2が乙国に行ったことがないという点については、確かにA2自身としては乙国に行ったことがないとしても、A2が代表取締役をつとめるA1は乙国においてビジネスを展開してきており、乙国ではA1に対する刑事訴訟手続が進行中であり、また、A1の行為による被害者Cによる民事訴訟においてA1敗訴の判決が確定しているといった事情があることから、A2にとって乙国での提訴はそれほど困難ではないと考えられる。以上の事情を総合して考えると、(4)の通り、Dの離日の原因を作ったのはA2の暴力であり、D自らが日本の裁判所に出廷して証言することから事実上困難なほどその恐怖はDに残っていることから、日本で本案についての裁判を行い、Dに対してこれに応訴することを強要することは、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」(3条の5)があるというべきであって、日本でのA2の訴えは却下すべきである。
<以上のいずれの選択肢もあり得ると思われます。>
よって、日本に管轄を認めることが当事者の衡平にかなうといえるから、却下されない。よって、日本に管轄が認められる。
2 また、慰謝料の訴えについて、人訴法3条の3を満たす必要がある。
⑴
同条は、人事訴訟の関連請求について、日本で一律に解決を図ることで当事者の訴訟経済に資する点にその趣旨がある。そして、A2が存在を否定する、Dの請求する慰謝料は、離婚や傷害行為に基づく精神的苦痛を原因としており、離婚との関連性が強い。そのため、「請求の原因である事実によって生じた損害」に当たるといえる。
⑵
したがって、<上記の選択肢1の通り>A2の離婚請求について日本に国際裁判管轄が認められる場合には、慰謝料債務不存在確認請求の訴えについても管轄が認められる。/ <上記の選択肢2の通り> A2の離婚請求について日本に国際裁判管轄がない場合には、慰謝料債務不存在確認請求の訴えについての国際裁判管轄を別途検討する必要がある。この点、民訴法3条の2以下に照らして判断すべきところ、仮に3条の3第8号の不法行為地管轄が形式的に日本に認められるとしても、同法3条の9に照らし、実質的に先行する乙国での慰謝料請求訴訟の反訴に該当することから、これについて日本の裁判所の管轄を認めることは、「当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるというべきである。したがって、その訴えは却下されるべきである。
第4 問題3Aについて
ここで、仮に日本に国際裁判管轄が認められるとしても、すでに提起されている乙国訴訟と競合しないか。
1 まず、訴訟競合をどのように規律するかが問題となる。
国際裁判管轄の枠組みの中で、財産事件では民訴法3条の9、家事事件においては人訴法3条の5は、様々な事情を考慮することを許容しているため、特別の事情の一つとして訴訟競合の点も考慮するという特別な事情説[4]がある。
もっともしかし、体系的に見て、訴訟競合と裁判管轄とは別の訴訟要件である。り、すなわち、訴訟競合は日本に国際裁判管轄があって初めて問題となるものであり、訴えの利益の問題であると解する。また、外国判決の承認ルールをより実効的なものにするためには、確定に至れば日本の裁判所において審理できるような場合は、訴訟手続の段階から一定の配慮をすべきである。この観点から、外国判決の承認ルールとの関係において国際訴訟競合を規律するのが論理的である。以上のことから承認予測説[5]を妥当と解するべきである。
そこで、承認予測説をとる。ここで、先に係属した外国訴訟において、将来下される判決が日本において承認されると予測される場合には、その外国訴訟係属は、国内の他の裁判所での訴訟係属と同一視することができ、後から提起された日本の訴えは、訴えの利益を欠くとする。訴えの利益については民事訴訟法上そもそも規定がなく、理論上、民事訴訟法142条はその具体的現れであると解されることから、国際訴訟競合の規律について明文の規定がないことは障害にはならないことになる。
2 これを本件についてみると、乙国で係属中の離婚訴訟について、118条1号の適用にあたって基準となる人訴法3条の2について、被告A2の住所地は日本であるから、1号の要件を満たす。また、送達が条約に基づいて適法になされており、乙国の訴訟手続と日本の手続はほぼ同じ仕組みであるから公序に反さず、同条4号の定める相互の保障があるから、118条2号から4号の要件を満たすため、かかる乙国の判決が確定した場合、日本の裁判所において審理できる可能性が高い。よって、将来下される判決が日本において承認されると予測される場合にあたる。
3 次に、日本における訴訟提起が、二重起訴禁止(民訴法142条)に反しないかが本件のDによる乙国訴訟とA2による日本訴訟とは同一か否かが問題となる。
いかなる場合に二重起訴禁止に反するか。「事件」の同一性の判断基準が問題となる。そもそも、同条国際訴訟競合について承認予測説によって規律しようとするの趣旨は、被告の応訴の煩、訴訟不経済、矛盾判決の危険という弊害の防止にある。そこで、「事件」の同一性の有無は、@当事者及びA審判対象の同一性により判断する。
⑴
まず、当事者の同一性について検討する。本件において、二つの訴訟で原告と被告が逆転しているにすぎず、当事者は同一であるといえる。
⑵
次に、審判対象の同一性について検討する。訴訟物が同一であれば、原告が請求の趣旨において明らかにする審判形式が同一でなくとも、同一事件にあたるものである。本件において、それぞれ、離婚訴訟の訴訟物は当事者が逆転しているにすぎず、同一であり、慰謝料請求訴訟と債務不存在確認訴訟については、同一債権に基づく給付の訴えと債務不存在確認の訴えであるので、同一であるといえる。<後者の慰謝料請求については、乙国での将来の判決に与えられる給付判決の既判力は、日本での将来の判決に与えられる確認判決の既判力よりも大きく、前者が承認されれば後者については完全に解決されるので、本件において、日本訴訟を別途行う利益はないというべきである。><乙国で確認訴訟、日本で給付訴訟の場合にはこのような説明だけでは足りないことになります。>
⑶
したがって、本件の両訴訟には「事件」の同一性が認められ、日本における訴訟は二重起訴禁止に触れると解する。
4 よって、裁判所は、A2による訴訟について、日本に国際裁判管轄はあるが、国際訴訟競合の規律によって、訴えを却下すべきである。
[1] 澤木=道垣内・前掲注(2)<『国際私法入門(第9版)』>325-326頁
早川吉尚=森下哲郎編『国際取引法入門 Introduction to Legal Aspects of International Business
Transactions』221-226頁〔岩本学〕(有斐閣、2024)
[2] 道垣内=中西編・前掲注(2)・194-195頁〔エルバルティ・べリーグ〕(最二小判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁)
[3] 同前。道垣内=中西編・前掲注(2)・194-195頁〔エルバルティ・べリーグ〕(最二小判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁)
[4] 『国際私法入門〔第9版〕』p.339<澤木・道垣内の説ではないので、このような引用の仕方は不適切です。>
[5] 『国際私法入門〔第9版〕』p.338