国際裁判管轄――円谷プロ事件

東京高裁平成一二年三月一六日判決

(平成一一年()第一一〇六号著作権確認等請求控訴事件)

(未搭載)

<事実の概要>

日本法人Xは、「ウルトラマン」等のテレビ映画(「本件著作物」)の少なくとも日本における著作者であるところ、タイ在住のタイ人Yは、Xから本件著作物について日本国外における独占的利用許諾を受けたと主張し、Xからタイにおける利用許諾を受けている訴外Aを刑事告訴し、また、Xから各国における本件著作物の商品化事業の許諾を受けている訴外Bらに対し、その事業はYの権利を侵害する旨の警告書を香港の法律事務所訴外Cから発送した。

そこで、XはYに対して、()日本国外における本件著作物の独占的利用権の許諾を内容とする契約書は真正に成立したものでないことの確認、()Xが本件著作物につきタイにおける著作権を有することの確認、()Yがこれにつき利用権を有しないことの確認、()Yによる虚偽の事実の陳述又は流布の差止め、()1000万円の損害賠償等を求める訴えを東京地裁に提起した。これに対し、Yは、本案前の答弁として、わが国の国際裁判管轄及び確認の利益を争い、訴えの却下を求めた。なお、Xは、日本での提訴からやや遅れて、タイにおいてもYらに対する同様の訴えを提起している。

東京地判平成一一・一・二八(判時一六八一号一四七頁、判タ九九五号二六六頁)は訴え却下。請求()についての管轄否定のひとつの理由として、「本件著作物が我が国において著作されたものであるとはいっても、日本以外の国における本件著作物の利用に関しては、それぞれ当該国における著作物に関する法規を根拠とする権利(当該国の著作権法に基づく著作権)が問題となるものであり、これらの権利についてはその所在地が我が国にあるということはできないこと」と判示した。

X控訴。なお、請求()について、XはYが本件著作物について日本国における著作権を有しないことの確認を求める旨の訴えの変更を申し立てた。

<判旨> 控訴棄却。新請求につき訴え却下。

一 訴えの変更については「請求の基礎を同一にするものというべきであり、民訴法一四三条による訴えの追加的変更を許すのが相当である。」

二 「少なくとも国際裁判管轄についての判断の前提としての不法行為の認定においては、・・・管轄の決定に必要な範囲で一応の証拠調べをなし、不法行為の存在が一定以上の確度をもって認められる事案に限って、不法行為に基づく裁判管轄を肯定するのが相当である」ところ、Yの権利主張の根拠となっている契約書の「印影は、真正の・・・社印及び代表取締役印によるものであり、そうすると、同社の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され、その結果、本件契約書は、真正に成立したものと推定されることになる」上、それを前提としたXからY宛の書簡も存在する。そうすると、「Yは、Xから、日本を除く地域における本件著作物の独占的利用の許諾を受けていると認められる」のであって、「Xに対するYの不法行為は、その存在を認め得ないのみではなく、むしろ不存在である見込みが大きいというほかなく、したがって、我が国に不法行為に基づく裁判管轄があると認めることはできない。」

三 「我が国に財産所在地の裁判管轄があるかどうかについて」、「日本国における著作権の所在地が日本国内に存在することは、権利の性質上明らかというべきである。そうすると、Xの新請求については、我が国に財産所在地の裁判管轄があるものというほかない。」

「しかしながら、・・・日本国における本件著作物の著作権に関しては、未だ日本国内においては具体的な紛争が存在せず、抽象的に紛争発生の可能性があるというにすぎないものであるから、新請求について確認の利益の存在を認めることができず、その確認を求める訴えは、却下を免れない。そして、このように訴えの却下を免れない請求に基づき、他の請求につき併合請求による裁判管轄を認めることは、不合理であるから、許されないと解すべきである。」

四 「念のために、本件請求のいずれかが我が国の民訴法の規定する裁判管轄のいずれかに属すると仮定して」、「我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情」「があると認められるか否かについて検討する」に、「Xは、本件について、権利保護の法的手段が保証され、現に、タイ訴訟において、本件訴訟と同様の争点について争っているものであるから、日本国内に事務所等を設置しておらず、営業活動も行っていないYに対し、タイ訴訟とは別に、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを強いることは、Yに著しく過大な負担を課すものであり、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を帰するという理念に反するものというべきであり、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるというべきである。」

<解説>

一 本件は、著作権確認を含む請求について、国際裁判管轄の欠如等を理由に訴えを却下した事例である。

 特許権をはじめとする工業所有権については、その付与の国家行為性に故に、その有効・無効についての裁判は登録国の専属管轄とされるのが一般的であるのに対し、著作権は私権の一つと位置づけられ、特別扱いをする必要はなく、一般の民事事件の管轄規則に従うものとされている(ハーグ国際私法会議で作成中の「民事及び商事に関する裁判管轄権及び外国判決に関する条約」の一九九九年一〇月案の一二条参照(ジュリスト一一七二号九二頁))。したがって、外国法上の著作権の帰属をめぐる紛争であっても、外国法を準拠法とする他の私権をめぐる事件と同様に管轄の判断をすれば足りる。

以下では、国際裁判管轄についての一般的ルールとその本件への当てはめについて検討する。

二 国際裁判管轄について、最判昭和五六・一〇・一六(民集三五巻七号一二二四頁)は、@日本には国際裁判管轄を直接規定する法規はないこと、Aそこで、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当であること、Bもっとも、民訴法の規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、国際裁判管轄を肯定するのが右条理に適うこと、以上の基本的枠組みを示した。そして、これを受けた下級審裁判例は、@からBに、CたとえBにより管轄が認められるべき場合であっても、具体的事案において管轄を肯定することがかえって右条理に反するような結果となるような「特段の事情」があれば、管轄を否定するという調整装置を追加して具体的妥当性の確保につとめてきた。そして、このCは最高裁も認めるところとなっている(最判平成九・一一・一一(民集五一巻一〇号四〇五五頁))

もっとも、学説からは、(a)民訴法の土地管轄規定のすべてがそのまま国際裁判管轄についての条理を示しているとは言えず、また、それ以外にも条理を体現していると解されるルールがあり得ること(たとえば、扶養料請求事件についての請求権者の住所地国の管轄。裁判管轄及び判決執行に関するブラッセル条約五条二号参照)、(b)Cの調整はBの結論が管轄否定となるべき場合にも、管轄を肯定すべき「特段の事情」の有無のチェックをすべきであること(たとえば、日本からみて管轄ありとされる国ではもはや提訴が事実上又は法律上できないような場合。最判平成八・六・二四(民集五〇巻七号一四五一頁参照)、(c)Cにおけるチェックは、Aの条理による管轄ルール設定段階で考慮されていない事情及び前提と異なる事情の検討に限定すべきであって、「特段の事情」の肥大化は予測可能性を低下させ、裁判外での紛争処理を阻害する虞があるので、好ましくないこと、以上のような批判がなされている。特に、Cを認めた最判平成九・一一・一一は、Bの段階を飛び越して、Cに移り、具体的事実関係を列挙した上、直ちに「我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があるということができる」との結論を導いており、具体的妥当性の確保に傾き過ぎた姿勢であると批判される点を含むものである(道垣内正人・ジュリスト一一三三号二一三頁)(もっとも、山本和彦・民商一一九巻二号二六八頁のようにこの最高裁判決を肯定的に捉える学説もある)。

三 いずれにせよ、本判決は右の@からCの判断枠組みに従っている。

判旨二において、不法行為地管轄(国内管轄としては民訴法五条九号)を肯定するためには、一応の証拠調べにより不法行為の存在が一定以上の確度をもって認められなければならないとしている点は、先例に従うものであり(東京地判昭和四九・七・二四(下民集二五巻五-八号六三九頁、東京地判昭和五九・三・二七(判時一一一三号二六頁))、具体的な判断としても妥当であろう。

また、判旨三の前半では、財産所在地管轄(国内管轄としては民訴法五条四号)について、「日本国における著作権の所在地」が日本であることは「権利の性質上明らか」であるとしている。無体物についての対世的権利である著作権の所在地の特定には擬制を伴うが(たとえば民事執行法一六七条三項)、被告の普通裁判籍等がなくても、財産権としての著作権の帰属等を決する裁判についての管轄を肯定する必要があるというべきであり、右の判断は相当であろう。なお、著作権についても「属地主義」と言われることがあり、右の判断もこれとの関係で理解しようとする向きもあり得る。しかし、公法的な位置づけから「属地主義」という表現の妥当する特許法等とは異なり、著作権を私権の一つに過ぎないと解する以上、著作権の準拠法は保護国法であるとの表現が用いられるべきであり(ベルヌ条約五条二項参照)、権利の準拠法と権利の所在地はそのまま直結するわけではないので(一般の債権の場合、外国法を準拠法とする債権でも債務者の住所地が所在地とされる)、たまたまそれが一致するとしても、準拠法とは区別して議論すべきである。

判旨三の後半では、日本における著作権の確認を求める利益はなく、そのような却下されるべき請求との客観的併合(国内管轄としては民訴法七条)によって他の請求の管轄を肯定することはできないと判示している。Xによる訴えの変更は、一審がタイにおける著作権の所在地は日本ではないとしたことに対する対応策であったようであり、争いのない財産の帰属を請求に加えることによって管轄判断を覆すことができるとすることは合理的ではなく、妥当な判断であると解される。

なお、判旨四は、既述のCのチェックを念のために行ったものである。Bの段階において管轄否定という結論になった以上、むしろ、管轄を肯定すべき特段の事情をチェックするのが筋であるが、本件における結論は動かないところであろう。

<参考文献>

松本直樹・判例評論四九四号(判例時報一七〇〇号)三九頁

中野俊一郎・平成一一年度重判解説三一一頁

『知的財産紛争と国際私法上の課題に関する調査研究』(産業研究所、二〇〇〇)

道垣内正人「著作権をめぐる準拠法及び国際裁判管轄」コピライト四七二号八頁(二〇〇〇)